2005年 10月 02日
冬の追憶No.21-4 |
「第4話 春の嵐」
浜野たちが、窓際のテーブル席に座ると、クリステイの女性オーナーが、すぐに飲み物の
注文を取りに来てくれた。教師達は、昼休みの時間があまり取れないことを知っているからだ。しかし、この日、幸いなことに浜野は5限目の授業がなかった。少しはゆっくりと話をすることができる。
彼は「クラブハウスサンドの盛り合わせとサラダ」の注文を、電話で入れておいてくれたらしい。そう時間がかからずに、飲み物と食事が運ばれてきた。
浜野:「悪いけど、僕の好みで注文してしまって。でも、ここのサンドウィッチは、自家製
で焼いたパンを使っているのでおいしいよ。さあ、食べよう。話はそれからだ。」
飾らない人柄とハンサムでスマートな容貌の浜野は、女子学生ばかりでなく彼女達の母親にも人気があった。規則の厳しい学校の中にあって、若い彼は生徒の立場に立って考え行動してくれる。さわやかで温かい性格は、誰かも好かれた。そんな彼が演劇部の顧問になると、どっと部員が増えた。千晶も静香もそんな浜野に、淡い憧れを持っていた。
食事が終わると、彼は3人分の飲み物の注文を再度しながら、
浜野:「静香、千晶、おめでとう。本当によかったな。嬉しいよ。実を言うとね、二人の
ことがとても心配だったんだ。千晶は,失敗しても落ち込んでも立ち直りが
早いが、そそっかしくて慎重さにかける。それに本命校は、君の実力よりも
だいぶ上のレベルだったし・・・。大丈夫とされた中堅校は惨敗してしまうし、
一時はどうなることかと思ったよ。でも、千晶のいいところは、そんな中でも
最後まであきらめないで、明るく努力するところだ。」
浜野:「そしてもっと心配だったのが・・・静香、君のことだ。2年前の高校一年の秋、
君は進路を芸術学部系に進むと決めていた。部活動や君のお父さんの影響も
あってのことだったと思った。しかし担任の先生は、これまで芸術系に進む生徒の
進路相談にのったことがなかったそうだ。それで演劇部の顧問をしている僕に、
力になってくれと頼んでこられたのだ。」
浜野:「演劇部の顧問をしているからって、僕もその方面のことは詳しくない。それで
高校の先輩で、N大学の出身だという男性に電話して、いろいろと聞いたのさ。
倍率はとても高いが、慎重で努力家それに人に何かを訴えることができる感性の
持ち主の静香だったら、合格できるじゃないかと自信を持った。しかし、問題は静香
だった。」
浜野:「静香、君はお父さんが入院したことで、進路選択を迷い始めていた。ご両親に
負担をかけたくないという気持ちからだ。君は人間が良すぎる。そのことを、
お父さんは心配しておられたのだ。」
浜野:「僕も教師になって、いろいろな生徒の父上と面談したことはあったが、遠山氏
ほど家族を守り、家族の絆を大切にする人はいない。独身の僕だが、父親が
子供に抱く愛情の深さを学ぶことができたよ。彼の言葉に、重み・深み・希望・夢・
知恵を感じた。おかげで自分の父を、見直すきっかけにもなったよ。」
浜野:「実は亡くなる少し前に、君のお父さんが僕を訪ねて、学校に来られたのだ。
入院する少し前だったから、お母さんにも君にも内緒にして欲しいと言って
おられた。そして君が合格したら、この手紙を娘に渡してほしいと頼まれた。
何が書いてあるかは解らないが、きっと人一倍、君のことを喜んでおられる
だろう。家に帰って一人になった時、読むといい。」
浜野から渡された封書には「静香へ」と、父らしい達筆な文字で書かれていた。思いもかけず、父の大きな愛に触れ、静香の目からは真珠のような大粒の涙が流れ落ちた。彼女を慰めるつもりの千晶までが、隣でもらい泣きをしていた。
浜野:「ふたりとも本当によかったな。3日後には卒業してしまうだなあ~。穴が開いた
みたいで淋しいよ。卒業しても時々、尋ねて来てくれよ。特に静香の進んだ大学
の情報は、あまりないから・・・。しかし、後輩のためでなく自分のためにがんば
って勉強してくれよ。」
千晶:「あら、先生。静香のことばっかり、私には会いたくないの?」
浜野:「ごめん、そうひがむな。勿論、千晶にも会いたいよ。教え子は皆、かわいいよ。
千晶、進む方向は違っても、静香のよき相談相手になってあげてくれよ。」
気が付くと、ボブもキャサリン先生も学校へ引き上げてしまっていた。クリステイのオーナーが、時計を気にして「先生、もう2時10分前よ。そろそろ帰った方が。」と教えてくれた。
浜野たちが、窓際のテーブル席に座ると、クリステイの女性オーナーが、すぐに飲み物の
注文を取りに来てくれた。教師達は、昼休みの時間があまり取れないことを知っているからだ。しかし、この日、幸いなことに浜野は5限目の授業がなかった。少しはゆっくりと話をすることができる。
彼は「クラブハウスサンドの盛り合わせとサラダ」の注文を、電話で入れておいてくれたらしい。そう時間がかからずに、飲み物と食事が運ばれてきた。
浜野:「悪いけど、僕の好みで注文してしまって。でも、ここのサンドウィッチは、自家製
で焼いたパンを使っているのでおいしいよ。さあ、食べよう。話はそれからだ。」
食事が終わると、彼は3人分の飲み物の注文を再度しながら、
浜野:「静香、千晶、おめでとう。本当によかったな。嬉しいよ。実を言うとね、二人の
ことがとても心配だったんだ。千晶は,失敗しても落ち込んでも立ち直りが
早いが、そそっかしくて慎重さにかける。それに本命校は、君の実力よりも
だいぶ上のレベルだったし・・・。大丈夫とされた中堅校は惨敗してしまうし、
一時はどうなることかと思ったよ。でも、千晶のいいところは、そんな中でも
最後まであきらめないで、明るく努力するところだ。」
浜野:「そしてもっと心配だったのが・・・静香、君のことだ。2年前の高校一年の秋、
君は進路を芸術学部系に進むと決めていた。部活動や君のお父さんの影響も
あってのことだったと思った。しかし担任の先生は、これまで芸術系に進む生徒の
進路相談にのったことがなかったそうだ。それで演劇部の顧問をしている僕に、
力になってくれと頼んでこられたのだ。」
浜野:「演劇部の顧問をしているからって、僕もその方面のことは詳しくない。それで
高校の先輩で、N大学の出身だという男性に電話して、いろいろと聞いたのさ。
倍率はとても高いが、慎重で努力家それに人に何かを訴えることができる感性の
持ち主の静香だったら、合格できるじゃないかと自信を持った。しかし、問題は静香
だった。」
負担をかけたくないという気持ちからだ。君は人間が良すぎる。そのことを、
お父さんは心配しておられたのだ。」
浜野:「僕も教師になって、いろいろな生徒の父上と面談したことはあったが、遠山氏
ほど家族を守り、家族の絆を大切にする人はいない。独身の僕だが、父親が
子供に抱く愛情の深さを学ぶことができたよ。彼の言葉に、重み・深み・希望・夢・
知恵を感じた。おかげで自分の父を、見直すきっかけにもなったよ。」
浜野:「実は亡くなる少し前に、君のお父さんが僕を訪ねて、学校に来られたのだ。
入院する少し前だったから、お母さんにも君にも内緒にして欲しいと言って
おられた。そして君が合格したら、この手紙を娘に渡してほしいと頼まれた。
何が書いてあるかは解らないが、きっと人一倍、君のことを喜んでおられる
だろう。家に帰って一人になった時、読むといい。」
浜野から渡された封書には「静香へ」と、父らしい達筆な文字で書かれていた。思いもかけず、父の大きな愛に触れ、静香の目からは真珠のような大粒の涙が流れ落ちた。彼女を慰めるつもりの千晶までが、隣でもらい泣きをしていた。
浜野:「ふたりとも本当によかったな。3日後には卒業してしまうだなあ~。穴が開いた
みたいで淋しいよ。卒業しても時々、尋ねて来てくれよ。特に静香の進んだ大学
の情報は、あまりないから・・・。しかし、後輩のためでなく自分のためにがんば
って勉強してくれよ。」
千晶:「あら、先生。静香のことばっかり、私には会いたくないの?」
浜野:「ごめん、そうひがむな。勿論、千晶にも会いたいよ。教え子は皆、かわいいよ。
千晶、進む方向は違っても、静香のよき相談相手になってあげてくれよ。」
気が付くと、ボブもキャサリン先生も学校へ引き上げてしまっていた。クリステイのオーナーが、時計を気にして「先生、もう2時10分前よ。そろそろ帰った方が。」と教えてくれた。
by jsby
| 2005-10-02 17:32
| 追憶 冬物語