2005年 10月 06日
冬の追憶No.21-5 |
「第4話 春の嵐」
浜野は二人の肩に手を置きながら、「じゃ、次に会えるのは卒業式だな。千晶、静香、受験
終わったからって,油断して風邪なんかひくんじゃないぞ。ここ2・3年、卒業式の日って雨や雪がちらついたりして、天気が悪いからな。」と、やさしく言い終えると足早に校門の中へと消えていった。
千晶:「静香、浜野先生ってかっこいいし、本当にすてきだよね。私、ますます憧れ
ちゃうな。ねえ、でも山本 麗奈のことは何も言ってなかったね。静香と同じ
大学に進学したのにね。いい気味!先生もあいつのこと、高慢ちきでいやな
生徒だと思っているに違いないわ。静香はどう思う?」
浜野に食事をご馳走になったことが、よほど嬉しかったのか、千晶は興奮さめやらない様子で次々と話し掛けてくる。学生時代に誰もが経験する感情かもしれない。両親からもらう飴よりも、学校の先生からもらう飴の方が、特別な意味を持つ。そして特別に美味にさえ感じる。
同じ飴なのに・・・。大人に近づけば、近づくほど、その感激が言葉となって、ほとばしる。
静香は「遠くの方から流れる音楽に、なんとなく耳を傾けているような気分」で千晶の話を
ぼんやりと聞いていた。彼女は、さっき浜野から手渡された父の手紙のことが、気になっていたのだ。真冬に、自分のコートを脱いで、そっと黙って羽織らせてくれるような父のやさしさ、愛の深さが嬉しかったのだ。父の方が、もっと寒かったに違いないのに。
話し掛けても反応なしの静香に千晶が、
千晶:「ねえ静香、今日これからどうする?せっかく久し振りに会ったんだから、何処か
行こう。」
静香:「そうね。由比ガ浜は?キラキラと光る海が見たくなったの。私ね、父とよく散歩
したのよ。」
千晶:「いいよ。静香が行きたいだったら。由比ガ浜は、私たちの故郷みたいなものだから。」
K女学院から由比ガ浜までは、歩いて5、6分の距離にある。若宮大路に沿って流れる滑川(なめかわ)は海まで続いている。その滑川(なめかわ)をはさんで西側が由比ガ浜、そして東側が材木座海岸と呼ばれている。
海外沿いの国道134号線まで来ると、弓なりに続く広く長い砂浜がパノラマのように目に飛び込んで来た。季節柄、人影もまばら。風もなく静かな初春の昼下がり、砂浜には暖かい陽光を浴びて、犬や幼子を連れて浜辺を散歩する人。鎌倉に遊びに来たらしい若いカップルなどが、ゆったりとした時間を楽しんでいる。
青く高い空、それ以上に深く蒼くキラキラと輝く海、頬をつたう風、その全てが気持ちを高揚させる。静香は、広い砂浜を思いっきり、走ってみたくなった。
彼女は靴を脱いで手に持ちながら、
静香:「千晶、あの波のところまで走らない!」
千晶:「静香、突然どうしたのよ。私はいいけど。ちょっと待って、靴脱ぐから。よし、
よーい、どん!」
二人の乙女の足跡が、広い砂浜に弧を描いていく。はあはあと息を切らせながら、お互いの姿を見つめ潮風の中を走るのは、壮快だった。遠浅で波が穏やかな波間では、理科の自由研究の課題で来たのか、先生らしい人に引率された小学生達が、波間や砂浜で楽しそうに歓談しながら、なにやら収集している。静香も千晶と過ごした6年間を、思い出していた。
二人もよく演劇部の台詞の練習で、この海岸に来ては貝拾いをした。
海、アクアは人間を解放的にするのかもしれない。無垢で子供のような心へと誘う。
静香:「ねえ千晶。砂山、作ろうか。」
千晶:「今日の静香って、なんかキラキラしていて、いつもと違う。そうか、元気の基は
お父さんからの手紙だね。」
二人は子供のようにはしゃぎながら、夢中で砂山を作った。山に道もつけトンネルを掘り、
流木で木を植えた。拾い集めた貝殻でお花畑も作った。
静香が揺れるたび、潮騒の中で創からプレゼントされた「ハーモニーボール」ペンダントも揺れた。自分で自分の気持ちが、何処に向かっているのかわからないまま、過ごしてきたこの
1ヶ月あまりの日々を、千晶に聞いてもらいたいと思い始めていた。
浜野は二人の肩に手を置きながら、「じゃ、次に会えるのは卒業式だな。千晶、静香、受験
終わったからって,油断して風邪なんかひくんじゃないぞ。ここ2・3年、卒業式の日って雨や雪がちらついたりして、天気が悪いからな。」と、やさしく言い終えると足早に校門の中へと消えていった。
千晶:「静香、浜野先生ってかっこいいし、本当にすてきだよね。私、ますます憧れ
ちゃうな。ねえ、でも山本 麗奈のことは何も言ってなかったね。静香と同じ
大学に進学したのにね。いい気味!先生もあいつのこと、高慢ちきでいやな
生徒だと思っているに違いないわ。静香はどう思う?」
浜野に食事をご馳走になったことが、よほど嬉しかったのか、千晶は興奮さめやらない様子で次々と話し掛けてくる。学生時代に誰もが経験する感情かもしれない。両親からもらう飴よりも、学校の先生からもらう飴の方が、特別な意味を持つ。そして特別に美味にさえ感じる。
同じ飴なのに・・・。大人に近づけば、近づくほど、その感激が言葉となって、ほとばしる。
ぼんやりと聞いていた。彼女は、さっき浜野から手渡された父の手紙のことが、気になっていたのだ。真冬に、自分のコートを脱いで、そっと黙って羽織らせてくれるような父のやさしさ、愛の深さが嬉しかったのだ。父の方が、もっと寒かったに違いないのに。
話し掛けても反応なしの静香に千晶が、
千晶:「ねえ静香、今日これからどうする?せっかく久し振りに会ったんだから、何処か
行こう。」
静香:「そうね。由比ガ浜は?キラキラと光る海が見たくなったの。私ね、父とよく散歩
したのよ。」
千晶:「いいよ。静香が行きたいだったら。由比ガ浜は、私たちの故郷みたいなものだから。」
K女学院から由比ガ浜までは、歩いて5、6分の距離にある。若宮大路に沿って流れる滑川(なめかわ)は海まで続いている。その滑川(なめかわ)をはさんで西側が由比ガ浜、そして東側が材木座海岸と呼ばれている。
海外沿いの国道134号線まで来ると、弓なりに続く広く長い砂浜がパノラマのように目に飛び込んで来た。季節柄、人影もまばら。風もなく静かな初春の昼下がり、砂浜には暖かい陽光を浴びて、犬や幼子を連れて浜辺を散歩する人。鎌倉に遊びに来たらしい若いカップルなどが、ゆったりとした時間を楽しんでいる。
彼女は靴を脱いで手に持ちながら、
静香:「千晶、あの波のところまで走らない!」
千晶:「静香、突然どうしたのよ。私はいいけど。ちょっと待って、靴脱ぐから。よし、
よーい、どん!」
二人の乙女の足跡が、広い砂浜に弧を描いていく。はあはあと息を切らせながら、お互いの姿を見つめ潮風の中を走るのは、壮快だった。遠浅で波が穏やかな波間では、理科の自由研究の課題で来たのか、先生らしい人に引率された小学生達が、波間や砂浜で楽しそうに歓談しながら、なにやら収集している。静香も千晶と過ごした6年間を、思い出していた。
二人もよく演劇部の台詞の練習で、この海岸に来ては貝拾いをした。
海、アクアは人間を解放的にするのかもしれない。無垢で子供のような心へと誘う。
静香:「ねえ千晶。砂山、作ろうか。」
千晶:「今日の静香って、なんかキラキラしていて、いつもと違う。そうか、元気の基は
お父さんからの手紙だね。」
流木で木を植えた。拾い集めた貝殻でお花畑も作った。
静香が揺れるたび、潮騒の中で創からプレゼントされた「ハーモニーボール」ペンダントも揺れた。自分で自分の気持ちが、何処に向かっているのかわからないまま、過ごしてきたこの
1ヶ月あまりの日々を、千晶に聞いてもらいたいと思い始めていた。
by jsby
| 2005-10-06 21:33
| 追憶 冬物語