2005年 11月 18日
冬の追憶No.21-17 |
「第4話 春の嵐」
午後6時ちょっと過ぎ、美千代は創の携帯に電話をかけてみた。
まだ仕事中かもしれないが、留守番電話サービスに伝言を入れておけばいいと思ったからだ。
案の定、何回かの呼び出し音の後、留守番電話サービスの音声メッセージが流れた。
美千代:「仕事が終わったら話たいことがあるので、母さんの携帯に連絡ちょうだい」
その頃、創はデザイナーズブランド夏の新作の撮影を終了し、後片付けに入っていた。
アシスタントの女性が気を利かして、スタッフ全員にコーヒーを入れてきてくれた。
彼も手を休め、ついでに携帯メールや伝言メッセージをチェックしていた。母からのメッ
セージも入っていた。
しばらくして、創から連絡があった。
創 :「創だけど、何か急ぎの用事?」
美千代:「ええ、急ぎってわけじゃないけれど・・・。さっき貴方、『脚本家の遠山 誠』って
人のこと聴きにきたでしょう」
創 :「それがどうしたの?何か、思い出したことでもあるの?」
美千代:「そうじゃなくて、うちの画廊の入ってすぐのところに、三人官女のお雛様を飾って
あったの覚えている?」
創 :「そんなのあったっけ。よく覚えてないなあ~。でも、それがどうしたの?」
美千代:「かなり古いものだと思うけど・・・。ねぇ、電話で話すと長くなりそうだから、うちに
来ない?父さんも大阪に出張に行って留守だから、母さんとご飯食べよう。貴方の
好きなもの作るから」
創 :「いやだな母さん、俺とたまには飯食べたいって、最初からそう言えばいいのに。
前置きが長いだから。たまには、俺がおごろうか?外で食べてもいいよ」
美千代:「それもいいけど、家の方が落ち着いて話ができるから。やっぱり家に来て。
ところで、貴方が言っていたのは脚本家の遠山 誠って人のことだけど、
遠山 響子さんって人のことも知っている?」
創 :「知らないけど、もう撮影は終わったから、そっちに行くよ。美味いケーキでも
買って行くよ。じゃ、後で」
電話を切ってから、今度は創が
『遠山 響子』という名前の人のことで気になり始めた。カレッタ汐留に通じる広場の亀噴水の前を通り抜けた彼は、表通りでタクシーを拾った。
この日、撮影したフイルムと機材類を持ち帰るためでもあったが、少しでも早く両親が住む代官山のマンションへと行きたかったからだ。
夕陽が沈みかけた汐留に、高層ビル群が放つ灯りのモニュメントが加わり、美しく輝き始めていた。「何かが起きている。静香とは、ほんの1ヶ月前に知り合ったばかりなのに。もっとたくさんの時間を過ごして来たような気がする。
後になって解ったことだが、あの日、彼女は父のお墓参りに行った帰りだったと言っていた。そして自分はと言えば、鮮烈で透明な光の中に吸い込まれるようにして、静香の姿をカメラで捉えていた。「まるで霧の中を進むかのような心境だな」と彼は思った。
タクシーに乗ってきたせいか、創の方が先に着いていた。しばらくすると、美千代も帰って
きた。彼女も、少しでも長く息子と団欒の時間を過ごしたかったのか、買い物もせずに帰ってきたらしい。
美千代:「創の方が、早いなんて珍しいわね。明日の夕食にと思って、すき焼き用のお肉を
買ってあるのを思い出したの。それでいいよね。ちょっと、こっちに来て手伝って
くれる」
創 :「ああ、いいよ」
美千代:「うちにも女の子がいたらね。こんな風に、しょっちゅうできるのにね。ま、いいわ。
準備しながら話すわね。さっき貴方が帰った後にね、母さんと同じぐらいの年齢の
女性が、画廊に訪ねてきたの。賓があって、綺麗な人だったわ。アレンジメント
フラワーの講師をしているって言っていたわ」
美千代はさっきあったことを、身振り手振りを交えて話してくれた。こんな時の女性の表現力はすごい。しかし、空想も入ってくるから話半分に聞かなければいけないが。男性だと要点だけしか言わないから、細かいニュアンスが伝わらないことが多い。
この日、美千代は思わぬことで手放すことになった三人官女の写真を、記念にと携帯のカメラで撮影してきてくれた。また、遠山 響子が書いたメモもコピーを取り、創に渡してくれた。
さすが、母だなって思った。
「雛祭り~その由来といわれ」
メモには「氏名:遠山 響子 住所:鎌倉市小町1-8-8 電話:0467-22-3546」と書かれてあった。静香に確かめてみなければわからないが、もしかしたら彼女の母かもしれないと思った。「宮城県出身・遠山 響子・鎌倉・三人官女」の文字が、創の頭の中を、ぐるぐると
駆け巡った。
夕食後、創が買ってきたケーキを食べながら、コーヒーを飲んでいる時に
創 :「ねえ母さん、父さんの大学生時代に撮ったスナップ写真か、なんかないの?」
美千代:「それがねぇ、高校時代までのはあるのだけど、大学生になると男の子って写真
撮らなくなるんじゃないかしら?ま、貴方はN大学の芸術学部写真学科に進学
したから、友達と撮った写真がたくさんあるけれど」
創 :「でも、普通スナップ写真の1枚や2枚ぐらいはあるでしょう?」
美千代:「それもないのよ。いつだったか、父さんに聞いてみたことがあったのだけれど、
実家においてきたって言っていたわ。でも、実家のお母さんに聞いたら『全部
千尋(創の父)が持っていっているはずよ』って言っていたわ。その時は別に
気にしていなかったし、転勤や引越しで何かの書類や本の間にでも入り込んで
しまったかもしれないと思っていたわ」
創 :「ところで、母さんと父さんはどうして知り合ったの?」
美千代:「芳野のお父さんの知り合いだって言う人からの紹介。早い話が、お見合い結婚よ。
ドラマチックな恋愛話を期待したいでしょうけれど、残念ね。ところで、貴方は
どうなの?好きな人でも出来た?それとも、もう付き合っている人でもいるとか」
創 :「・・・・・」
美千代:「黙っているところみると、もしかして、もしか?お年頃だものね。深く追求しないわ。
でも、そのうち紹介してね」
創 :「ああ、いいよ。そのうちにね」
母の美千代は泊まっていくように薦めたが、創は帰っていった。今日撮影した写真の中から、どれを雑誌に掲載するのか選びたかったこともあったが、静香にも連絡を取ってみたかったからだ。明日、彼女は卒業式。「おめでとう」と一言、お祝いを言って上げたかった。
彼は静香の顔を思い浮かべながら、携帯についている「ハーモニーボール」を手の上で転がした。「シャララン~、シャララン~」と透明で澄んだ音色が、心の奥まで響いてくるようだった。
創が静香にプレゼントしたオルゴールボール「ケルトルイドベル」(上から3段目の卵型)
彼は、河口湖「オルゴールの森美術館」の店員が、言っていたことを思い出していた。
「ペンダントとして常に身につけていれば、音色が耳に直接聞こえなくても無意識のうちに心に伝わります。ケルト風の装飾がしてある物は、カップルで持つと、愛が成就するというジンクスがあるそうです」
一方、静香は誰かに呼ばれたような気がした。彼女は明日の卒業式に着る制服に、アイロンがけをしているところだった。心なしか創からプレゼントされたペンダントが、揺れている。
「シャララン~、シャララン~、シャララン~、シャララン~」と。
午後6時ちょっと過ぎ、美千代は創の携帯に電話をかけてみた。
まだ仕事中かもしれないが、留守番電話サービスに伝言を入れておけばいいと思ったからだ。
案の定、何回かの呼び出し音の後、留守番電話サービスの音声メッセージが流れた。
美千代:「仕事が終わったら話たいことがあるので、母さんの携帯に連絡ちょうだい」
その頃、創はデザイナーズブランド夏の新作の撮影を終了し、後片付けに入っていた。
アシスタントの女性が気を利かして、スタッフ全員にコーヒーを入れてきてくれた。
彼も手を休め、ついでに携帯メールや伝言メッセージをチェックしていた。母からのメッ
セージも入っていた。
しばらくして、創から連絡があった。
創 :「創だけど、何か急ぎの用事?」
美千代:「ええ、急ぎってわけじゃないけれど・・・。さっき貴方、『脚本家の遠山 誠』って
人のこと聴きにきたでしょう」
創 :「それがどうしたの?何か、思い出したことでもあるの?」
美千代:「そうじゃなくて、うちの画廊の入ってすぐのところに、三人官女のお雛様を飾って
あったの覚えている?」
創 :「そんなのあったっけ。よく覚えてないなあ~。でも、それがどうしたの?」
美千代:「かなり古いものだと思うけど・・・。ねぇ、電話で話すと長くなりそうだから、うちに
来ない?父さんも大阪に出張に行って留守だから、母さんとご飯食べよう。貴方の
好きなもの作るから」
創 :「いやだな母さん、俺とたまには飯食べたいって、最初からそう言えばいいのに。
前置きが長いだから。たまには、俺がおごろうか?外で食べてもいいよ」
美千代:「それもいいけど、家の方が落ち着いて話ができるから。やっぱり家に来て。
ところで、貴方が言っていたのは脚本家の遠山 誠って人のことだけど、
遠山 響子さんって人のことも知っている?」
創 :「知らないけど、もう撮影は終わったから、そっちに行くよ。美味いケーキでも
買って行くよ。じゃ、後で」
電話を切ってから、今度は創が
『遠山 響子』という名前の人のことで気になり始めた。カレッタ汐留に通じる広場の亀噴水の前を通り抜けた彼は、表通りでタクシーを拾った。
この日、撮影したフイルムと機材類を持ち帰るためでもあったが、少しでも早く両親が住む代官山のマンションへと行きたかったからだ。
夕陽が沈みかけた汐留に、高層ビル群が放つ灯りのモニュメントが加わり、美しく輝き始めていた。「何かが起きている。静香とは、ほんの1ヶ月前に知り合ったばかりなのに。もっとたくさんの時間を過ごして来たような気がする。
後になって解ったことだが、あの日、彼女は父のお墓参りに行った帰りだったと言っていた。そして自分はと言えば、鮮烈で透明な光の中に吸い込まれるようにして、静香の姿をカメラで捉えていた。「まるで霧の中を進むかのような心境だな」と彼は思った。
きた。彼女も、少しでも長く息子と団欒の時間を過ごしたかったのか、買い物もせずに帰ってきたらしい。
美千代:「創の方が、早いなんて珍しいわね。明日の夕食にと思って、すき焼き用のお肉を
買ってあるのを思い出したの。それでいいよね。ちょっと、こっちに来て手伝って
くれる」
創 :「ああ、いいよ」
美千代:「うちにも女の子がいたらね。こんな風に、しょっちゅうできるのにね。ま、いいわ。
準備しながら話すわね。さっき貴方が帰った後にね、母さんと同じぐらいの年齢の
女性が、画廊に訪ねてきたの。賓があって、綺麗な人だったわ。アレンジメント
フラワーの講師をしているって言っていたわ」
美千代はさっきあったことを、身振り手振りを交えて話してくれた。こんな時の女性の表現力はすごい。しかし、空想も入ってくるから話半分に聞かなければいけないが。男性だと要点だけしか言わないから、細かいニュアンスが伝わらないことが多い。
この日、美千代は思わぬことで手放すことになった三人官女の写真を、記念にと携帯のカメラで撮影してきてくれた。また、遠山 響子が書いたメモもコピーを取り、創に渡してくれた。
さすが、母だなって思った。
「雛祭り~その由来といわれ」
駆け巡った。
夕食後、創が買ってきたケーキを食べながら、コーヒーを飲んでいる時に
創 :「ねえ母さん、父さんの大学生時代に撮ったスナップ写真か、なんかないの?」
美千代:「それがねぇ、高校時代までのはあるのだけど、大学生になると男の子って写真
撮らなくなるんじゃないかしら?ま、貴方はN大学の芸術学部写真学科に進学
したから、友達と撮った写真がたくさんあるけれど」
創 :「でも、普通スナップ写真の1枚や2枚ぐらいはあるでしょう?」
美千代:「それもないのよ。いつだったか、父さんに聞いてみたことがあったのだけれど、
実家においてきたって言っていたわ。でも、実家のお母さんに聞いたら『全部
千尋(創の父)が持っていっているはずよ』って言っていたわ。その時は別に
気にしていなかったし、転勤や引越しで何かの書類や本の間にでも入り込んで
しまったかもしれないと思っていたわ」
創 :「ところで、母さんと父さんはどうして知り合ったの?」
ドラマチックな恋愛話を期待したいでしょうけれど、残念ね。ところで、貴方は
どうなの?好きな人でも出来た?それとも、もう付き合っている人でもいるとか」
創 :「・・・・・」
美千代:「黙っているところみると、もしかして、もしか?お年頃だものね。深く追求しないわ。
でも、そのうち紹介してね」
創 :「ああ、いいよ。そのうちにね」
母の美千代は泊まっていくように薦めたが、創は帰っていった。今日撮影した写真の中から、どれを雑誌に掲載するのか選びたかったこともあったが、静香にも連絡を取ってみたかったからだ。明日、彼女は卒業式。「おめでとう」と一言、お祝いを言って上げたかった。
彼は静香の顔を思い浮かべながら、携帯についている「ハーモニーボール」を手の上で転がした。「シャララン~、シャララン~」と透明で澄んだ音色が、心の奥まで響いてくるようだった。
創が静香にプレゼントしたオルゴールボール「ケルトルイドベル」(上から3段目の卵型)
彼は、河口湖「オルゴールの森美術館」の店員が、言っていたことを思い出していた。
「ペンダントとして常に身につけていれば、音色が耳に直接聞こえなくても無意識のうちに心に伝わります。ケルト風の装飾がしてある物は、カップルで持つと、愛が成就するというジンクスがあるそうです」
一方、静香は誰かに呼ばれたような気がした。彼女は明日の卒業式に着る制服に、アイロンがけをしているところだった。心なしか創からプレゼントされたペンダントが、揺れている。
「シャララン~、シャララン~、シャララン~、シャララン~」と。
by jsby
| 2005-11-18 13:38
| 追憶 冬物語