2006年 06月 01日
冬の追憶No.22-46 |
「第5話 迷路」
その夜、千尋は疲れているにもかかわらず、響子や誠と過ごした大学時代の様々な日々
が思い出され、なかなか寝付かれないでいた。それはまるで回り灯籠の中でゆっくりと回る
影絵を眺めているようだった。
影絵は時には悲しそうな姿になったり、淋しそうな姿になったり、またある時には嬉しそうだ
ったり、楽しそうだったりと、刻々とその表情を変えていった。灯篭の中の影絵は「記憶の箱」
の中からその欠片(かけら)を寄せ集め、様々なその時を創り出していった。
いつの間にか、さっきまで降っていた雪が雨に変わっていた。去り行く冬を名残惜しみ、
春が来るのを拒んでいるような春の雪。彼はベッドには横にならず、窓辺のソファーに身体
を沈みこませるようにして、階下に広がる夜景をぼんやりと眺めていた。しかし意識は確実
に大学時代の中にいた。
外気が冷えているのだろう、窓には乳白色の薄いベールがかかっている。彼はその窓に
人差し指で「創」と「作」という2文字を描いた。すると文字が描かれたところから街の灯りが
射し込み、まるでビー玉のように美しかった。
それは大学2年のある冬の日、花村響子が図書閲覧室の窓に描いたと同じ構図だった。
遠山誠と千尋が、合同でシナリオを書き始めた頃、ひとりの女子学生が彼らを尋ねてきた。透明感のある涼やかな瞳の女性にふたりは目を奪われた。
所はW大学坪内逍遙博士記念演劇博物館。それはW大学のキャンパスの中にあって、
学び舎に現存する建物とは思えないほど瀟洒な雰囲気を漂わせている。
※坪内逍遙博士記念演劇博物館についての詳細は、下記のページをご覧になってください。
「早稲田大学坪内逍遙博士記念演劇博物館」
早稲田大学坪内逍遙博士記念演劇博物館「当館のご紹介」
演劇博物館は坪内逍遙の発案で、エリザベス朝時代、16世紀イギリスの劇場「フォーチュン座」を模して今井兼次らにより設計されました。正面舞台にある張り出しは舞台になっており、入り口はその左右にあり、図書閲覧室は楽屋、舞台を囲むようにある両翼は桟敷席になり、建物前の広場は一般席となっています。(早稲田大学坪内逍遙博士記念演劇博物館
「当館のご紹介」より一部抜粋)
彼らはここに来ては、脚本を書く勉強をしていたのだった。当時、花村響子も演劇サークルに所属しており、彼らの噂を聞きつけ新作劇の脚本の依頼に来たのだった。そして「どうせなら、もう少しインパクトのあるハンドルネームを付けてはどうか」と薦めてくれたのだった。
そして窓に白い息を吹きかけ、「創」と「作」という2文字を描いたのだった。それが3人の出会いの始まりだった。
彼はいつの間にか眠りに落ち、そのままそこで朝を迎えた。翌朝、彼は8時代の新大阪発の新幹線に乗車するため、ホテルグランヴィア大阪を後にした。ホテルから新幹線「新大阪」の駅までは徒歩で5分程度しかかからない。新大阪発8時16分発「のぞみ114」の出発までは、40分近く時間があった。彼は近くのカフェテリアに入って時間を潰すことにした。
「ホテルグランヴィア大阪アクセスマップ」
注文したコーヒーが運ばれてくる間、彼は朝刊に目を通していた。しかしそのうち、じっと
自分の方を見ている誰かの視線に気が付いた。ふと斜め後ろの方を振り返ると、小太りの
中年男性がにこにこ笑いながら彼の方に近づいてきた。それは良く見ると、W大学第一
文学部時代の小林秀雄だった。すっかり太ってしまったからわからなかったのだ。
小林:「確か、芳野だよな。おまえはかわらないなあ~。すぐわかったよ。俺のこと
忘れてないよな。小・林・秀・雄、さっき大阪に着いたばかりで、この店で飯
食っていたら、お前が入って来た。元気か?」
芳野:「大学卒業してからだから、26年振りだよなあ~。俺は8時16分発の新幹線
で東京に帰るところだったんだ。出発まで時間が少しあったので、コーヒー
でも飲もうと思ってこの店に入ったら、誰かにじっと見られているような気が
した。それがお前とは。奇遇だなあ~」
小林:「ま、日本は狭いからな。そういうこともあるよな。ところでお前、大学時代に
遠山誠と仲良かったよな。確か、ふたりで脚本書いていたんだっけ。彼が
2年前に亡くなったのを知っているか?」
小林秀雄の言葉に、芳野は驚愕した。
小林:「俺も人伝に聞いて葬式に行ったのだが、遠山響子、気の毒だよな。あんな若く
して未亡人になってしまったんだからなあ。確かお子さんも、あの当時まだ高校
一年生の娘さんと中学2年生の息子さんだったっけ」
芳野:「その他に、社会人のお子さんがいなかったか?」
小林:「いいや、お子さんはふたりだけだったけど。それがどうかしたか?」
芳野:「いや、俺の勘違いだ。そんな噂を聞いたことがあったから。あっ、俺もういか
なくては。これ俺の名刺だ。今度、東京に帰ったら、そのうち会おう」
そう言い終えると、芳野は小林に名刺を渡し、そそくさと店を出た。背後から小林の言葉が
追ってくる。「遠山誠は2年前に亡くなった」それはこだまとなって彼の脳裏に響き続けた。
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その夜、千尋は疲れているにもかかわらず、響子や誠と過ごした大学時代の様々な日々
が思い出され、なかなか寝付かれないでいた。それはまるで回り灯籠の中でゆっくりと回る
影絵を眺めているようだった。
影絵は時には悲しそうな姿になったり、淋しそうな姿になったり、またある時には嬉しそうだ
ったり、楽しそうだったりと、刻々とその表情を変えていった。灯篭の中の影絵は「記憶の箱」
の中からその欠片(かけら)を寄せ集め、様々なその時を創り出していった。
春が来るのを拒んでいるような春の雪。彼はベッドには横にならず、窓辺のソファーに身体
を沈みこませるようにして、階下に広がる夜景をぼんやりと眺めていた。しかし意識は確実
に大学時代の中にいた。
外気が冷えているのだろう、窓には乳白色の薄いベールがかかっている。彼はその窓に
人差し指で「創」と「作」という2文字を描いた。すると文字が描かれたところから街の灯りが
射し込み、まるでビー玉のように美しかった。
それは大学2年のある冬の日、花村響子が図書閲覧室の窓に描いたと同じ構図だった。
遠山誠と千尋が、合同でシナリオを書き始めた頃、ひとりの女子学生が彼らを尋ねてきた。透明感のある涼やかな瞳の女性にふたりは目を奪われた。
所はW大学坪内逍遙博士記念演劇博物館。それはW大学のキャンパスの中にあって、
学び舎に現存する建物とは思えないほど瀟洒な雰囲気を漂わせている。
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「早稲田大学坪内逍遙博士記念演劇博物館」
早稲田大学坪内逍遙博士記念演劇博物館「当館のご紹介」
演劇博物館は坪内逍遙の発案で、エリザベス朝時代、16世紀イギリスの劇場「フォーチュン座」を模して今井兼次らにより設計されました。正面舞台にある張り出しは舞台になっており、入り口はその左右にあり、図書閲覧室は楽屋、舞台を囲むようにある両翼は桟敷席になり、建物前の広場は一般席となっています。(早稲田大学坪内逍遙博士記念演劇博物館
「当館のご紹介」より一部抜粋)
彼らはここに来ては、脚本を書く勉強をしていたのだった。当時、花村響子も演劇サークルに所属しており、彼らの噂を聞きつけ新作劇の脚本の依頼に来たのだった。そして「どうせなら、もう少しインパクトのあるハンドルネームを付けてはどうか」と薦めてくれたのだった。
そして窓に白い息を吹きかけ、「創」と「作」という2文字を描いたのだった。それが3人の出会いの始まりだった。
「ホテルグランヴィア大阪アクセスマップ」
注文したコーヒーが運ばれてくる間、彼は朝刊に目を通していた。しかしそのうち、じっと
自分の方を見ている誰かの視線に気が付いた。ふと斜め後ろの方を振り返ると、小太りの
中年男性がにこにこ笑いながら彼の方に近づいてきた。それは良く見ると、W大学第一
文学部時代の小林秀雄だった。すっかり太ってしまったからわからなかったのだ。
忘れてないよな。小・林・秀・雄、さっき大阪に着いたばかりで、この店で飯
食っていたら、お前が入って来た。元気か?」
芳野:「大学卒業してからだから、26年振りだよなあ~。俺は8時16分発の新幹線
で東京に帰るところだったんだ。出発まで時間が少しあったので、コーヒー
でも飲もうと思ってこの店に入ったら、誰かにじっと見られているような気が
した。それがお前とは。奇遇だなあ~」
小林:「ま、日本は狭いからな。そういうこともあるよな。ところでお前、大学時代に
遠山誠と仲良かったよな。確か、ふたりで脚本書いていたんだっけ。彼が
2年前に亡くなったのを知っているか?」
小林秀雄の言葉に、芳野は驚愕した。
小林:「俺も人伝に聞いて葬式に行ったのだが、遠山響子、気の毒だよな。あんな若く
して未亡人になってしまったんだからなあ。確かお子さんも、あの当時まだ高校
一年生の娘さんと中学2年生の息子さんだったっけ」
芳野:「その他に、社会人のお子さんがいなかったか?」
小林:「いいや、お子さんはふたりだけだったけど。それがどうかしたか?」
芳野:「いや、俺の勘違いだ。そんな噂を聞いたことがあったから。あっ、俺もういか
なくては。これ俺の名刺だ。今度、東京に帰ったら、そのうち会おう」
そう言い終えると、芳野は小林に名刺を渡し、そそくさと店を出た。背後から小林の言葉が
追ってくる。「遠山誠は2年前に亡くなった」それはこだまとなって彼の脳裏に響き続けた。
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by jsby
| 2006-06-01 19:36
| 追憶 冬物語