2006年 06月 29日
冬の追憶No.23-6 |
「第6話 エニグマ変奏曲」
静香が立ち上がり、雨漏り夫妻の方に向かって深々と頭を下げた。それに答えるかのように、雨漏り氏も会釈をかわしながら席についた。小雨の中を歩いてきたのだろう、彼のジャケットや夫人のスプリングコートの肩のあたりが濡れている。
銀座ミキモトビルの壁面ディスプレイ 2005年12月4日撮影
創も雨漏り夫人も静香につられるようにして、視線の先のテーブルに向かって軽く頭を下げた。しかし「どういう、知り合い」なのか気になっている様子だった。平日の「天厨菜館(てん
つうさいかん)」のお昼時は特に忙しい。もうすでにすべての席が埋まり、入り口付近に置かれた椅子には順番待ちをしている人もいるくらいだ。
「天厨菜館(てんつうさいかん)」
彼は手際よくメニューを決めると夫人をともない、創と静香のテーブルへとやって来た。
先日、静香からもらった「遠山誠のエッセイ 赤い海」のお礼が言いたかったのだ。
雨漏り氏:「静香さん、デート中だというのに悪いですなあ~。それにしてもこんな
ところで、会うなんて奇遇だなあ。あの~、うちの家内のTです」
そして今度は夫人Tの方に向き直り、
雨漏り氏:「こちら、千晶ちゃんのお友達の遠山静香さん。ドラマ作家の遠山誠氏の
お譲さん」
夫人が雨漏り氏の紹介をバトンタッチするように、
家人T :「ああ~、そうでしたか、千晶ちゃんのお友達ですか。あんまり綺麗なお嬢さん
なので、見とれてしまいました。その節は主人までお邪魔してしまってごめん
なさいね。それにお父様の貴重なご本もいただき、ありがとうございました」
3人の会話に入れないで当惑している創に気付いた静香が、
静香:「初めまして、遠山静香です。父の本は家にあったものなので、
気になさらないでください。こちら、
私が入学することになった大学の
先輩の芳野創さんです」
静香:「汐留にある雑誌社のカメラマンをされているのです。今日は私のことで、ご相談に乗って欲しいことがあったので、銀座まで来ていただいたのです」
創も静香に関係する大人に余計な懸念を抱かせないようにと、さりげなく「初めまして。
芳野創です」とだけ言って頭を下げた。
雨漏り氏:「雨漏りです。芳野さん、ハンサムですなあ。美男・美女のカップル、実に絵に
なっている。お似合いだ。ところで静香ちゃん、いや静香さん。雨に降られなか
った?」
雨漏り氏のユーモアを交えた冷やかしに、静香が恥ずかしそうに、
静香 :「あの~。私も傘を持って出なかったのです。そうしたら、芳野さんがこちらに
に来る時、傘を買ってきてくれて、それで濡れずにすんだのです」
静香の話を受けた夫人Tがすかさず、
家人T :「ほらね、こういう場合、男性が傘を買って来るでしょう。貴方だってデート
の時、買って来てくれたことがありましたよ。でも、すぐに晴れてしまって、
使わなかったけれど。ほら、あの傘、私を送ってくれる電車の中に置き忘
れてしまって。でも、嬉しかったわ」
かくして、軍配は夫人へと上がってしまったのだった。
男性は誉められとすぐ、気が変わる。気をよくした雨漏り氏が少しだけ高めの声で、
雨漏り氏:「あの~芳野さん、この辺にコンビ
にはありますかね?」
創 :「この辺だと、『エーエム・ピーエムの
銀座みゆき通り店』が一番近いです。銀座
5丁目にある松坂屋の角を右に曲がった
斜め前のところにありますよ。食べ終わっ
たら、僕が買ってきましょう。傘1本ですか?
2本ですか?」
雨漏り氏:「いや~悪いですな。相々傘といきたいが、我々の歳になるとお互いに幅を取る。じゃあ、お言葉に甘えて、大き目の傘を2本
お願い致します」 銀座5丁目 松坂屋付近にて撮影
その時、創たちが注文した料理が運ばれてきた。そして雨漏り夫妻も用意された席へと戻っていった。再び、静香がバッグから茶色の包み紙を取り出し、
静香:「あの、これなのですけど・・・」
創が静香から差し出された宅配便のラベルを確認し、
創 :「これ、確かに僕の母さんの字だし、画廊の住所も合っている。驚いたなあ~」
彼は母から画廊を訪ねてきた静香の母のことを聴いて知ってはいたが、まずは静香の話を
聴いてから判断しようと思ったのだった。彼はその風貌から、確かに女性にもてた。しかし、
どの女性も彼の心の部屋を独占するまでには至らなかった。何故かは解らないが、静香には
初めて会った気がしない。彼女のためなら、何でもしてあげたかった。会うたびに愛おしさが
つのる。
静香も親友の千晶や母に感じたことがない心地良い安心感を、創に感じていた。
食事が終わると、創が「よかったら母さんの画廊、同じ銀座にあるから行ってみようか」
と誘った。
そして、
創 :「俺、雨漏りさんの傘買ってくれから、ここでしばらく待っていて」
彼はトイレに立つふりをして先にレジを済ますと、雨漏り夫妻の傘を買い、すぐに戻ってきた。
創 :「雨漏りさん、ちょうど60センチの傘が2本ありましたので、これを使ってください。
お代はいいですから」
雨漏り氏:「芳野さん、いやそれじゃ悪いですよ。あっそうだ。これさっき、とらやで買って
きた『御世の春』っていう最中なんだけど、静香さんと一緒に銀ブラしながら、
食べてください。甘いもの食べながら歩くのも、なかなかいいものだよ」
そう言いながら、創にVサインをしてみせた。
とらやの和菓子「御世の春」
とらやの和菓子
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静香が立ち上がり、雨漏り夫妻の方に向かって深々と頭を下げた。それに答えるかのように、雨漏り氏も会釈をかわしながら席についた。小雨の中を歩いてきたのだろう、彼のジャケットや夫人のスプリングコートの肩のあたりが濡れている。
創も雨漏り夫人も静香につられるようにして、視線の先のテーブルに向かって軽く頭を下げた。しかし「どういう、知り合い」なのか気になっている様子だった。平日の「天厨菜館(てん
つうさいかん)」のお昼時は特に忙しい。もうすでにすべての席が埋まり、入り口付近に置かれた椅子には順番待ちをしている人もいるくらいだ。
「天厨菜館(てんつうさいかん)」
彼は手際よくメニューを決めると夫人をともない、創と静香のテーブルへとやって来た。
先日、静香からもらった「遠山誠のエッセイ 赤い海」のお礼が言いたかったのだ。
雨漏り氏:「静香さん、デート中だというのに悪いですなあ~。それにしてもこんな
ところで、会うなんて奇遇だなあ。あの~、うちの家内のTです」
そして今度は夫人Tの方に向き直り、
雨漏り氏:「こちら、千晶ちゃんのお友達の遠山静香さん。ドラマ作家の遠山誠氏の
お譲さん」
夫人が雨漏り氏の紹介をバトンタッチするように、
家人T :「ああ~、そうでしたか、千晶ちゃんのお友達ですか。あんまり綺麗なお嬢さん
なので、見とれてしまいました。その節は主人までお邪魔してしまってごめん
なさいね。それにお父様の貴重なご本もいただき、ありがとうございました」
3人の会話に入れないで当惑している創に気付いた静香が、
静香:「初めまして、遠山静香です。父の本は家にあったものなので、
気になさらないでください。こちら、
私が入学することになった大学の
先輩の芳野創さんです」
静香:「汐留にある雑誌社のカメラマンをされているのです。今日は私のことで、ご相談に乗って欲しいことがあったので、銀座まで来ていただいたのです」
創も静香に関係する大人に余計な懸念を抱かせないようにと、さりげなく「初めまして。
芳野創です」とだけ言って頭を下げた。
雨漏り氏:「雨漏りです。芳野さん、ハンサムですなあ。美男・美女のカップル、実に絵に
なっている。お似合いだ。ところで静香ちゃん、いや静香さん。雨に降られなか
った?」
雨漏り氏のユーモアを交えた冷やかしに、静香が恥ずかしそうに、
静香 :「あの~。私も傘を持って出なかったのです。そうしたら、芳野さんがこちらに
に来る時、傘を買ってきてくれて、それで濡れずにすんだのです」
静香の話を受けた夫人Tがすかさず、
家人T :「ほらね、こういう場合、男性が傘を買って来るでしょう。貴方だってデート
の時、買って来てくれたことがありましたよ。でも、すぐに晴れてしまって、
使わなかったけれど。ほら、あの傘、私を送ってくれる電車の中に置き忘
れてしまって。でも、嬉しかったわ」
かくして、軍配は夫人へと上がってしまったのだった。
男性は誉められとすぐ、気が変わる。気をよくした雨漏り氏が少しだけ高めの声で、
雨漏り氏:「あの~芳野さん、この辺にコンビ
にはありますかね?」
創 :「この辺だと、『エーエム・ピーエムの
銀座みゆき通り店』が一番近いです。銀座
5丁目にある松坂屋の角を右に曲がった
斜め前のところにありますよ。食べ終わっ
たら、僕が買ってきましょう。傘1本ですか?
2本ですか?」
雨漏り氏:「いや~悪いですな。相々傘といきたいが、我々の歳になるとお互いに幅を取る。じゃあ、お言葉に甘えて、大き目の傘を2本
お願い致します」 銀座5丁目 松坂屋付近にて撮影
その時、創たちが注文した料理が運ばれてきた。そして雨漏り夫妻も用意された席へと戻っていった。再び、静香がバッグから茶色の包み紙を取り出し、
静香:「あの、これなのですけど・・・」
創 :「これ、確かに僕の母さんの字だし、画廊の住所も合っている。驚いたなあ~」
彼は母から画廊を訪ねてきた静香の母のことを聴いて知ってはいたが、まずは静香の話を
聴いてから判断しようと思ったのだった。彼はその風貌から、確かに女性にもてた。しかし、
どの女性も彼の心の部屋を独占するまでには至らなかった。何故かは解らないが、静香には
初めて会った気がしない。彼女のためなら、何でもしてあげたかった。会うたびに愛おしさが
つのる。
食事が終わると、創が「よかったら母さんの画廊、同じ銀座にあるから行ってみようか」
と誘った。
そして、
創 :「俺、雨漏りさんの傘買ってくれから、ここでしばらく待っていて」
創 :「雨漏りさん、ちょうど60センチの傘が2本ありましたので、これを使ってください。
お代はいいですから」
雨漏り氏:「芳野さん、いやそれじゃ悪いですよ。あっそうだ。これさっき、とらやで買って
きた『御世の春』っていう最中なんだけど、静香さんと一緒に銀ブラしながら、
食べてください。甘いもの食べながら歩くのも、なかなかいいものだよ」
そう言いながら、創にVサインをしてみせた。
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by jsby
| 2006-06-29 20:48
| 追憶 冬物語