2006年 08月 22日
冬の追憶No.23-16 |
「第6話 エニグマ変奏曲」
数日後の午後、伯母の花村裕子が遠山家を訪ねてきた。今朝、出掛ける少し前になって
静香は母から、
響子:「静香、今日の午後は何処かに出掛ける予定ある?」
静香:「特にないけど、何故?」
響子:「急で悪いのだけど、今日の午後、裕子伯母さんが来ることになったから家に居て
て欲しいのよ」
静香:「伯母さんが来るのは久し振りね。だけど母さん、今日も夜まで授業があるのじゃ
ないの?伯母さん、母さんに会うの楽しみにしているのに」
響子:「それが大丈夫なのよ。今日は第3水曜日で、授業は午後の3時までなの。伯母
さんの方が家に早く着くと思うから、母さんが帰るまで待っていてと伝えておい
てね。」
静香:「わかったわ。私、伯母さん来てから夕食の買い物に出るわ」
新大久保に住む伯母の花村裕子は、新宿のIデパートに勤めている。父が生きていた頃
はシフトとシフトの間の休みを利用して泊りがけで、よく遠山家を訪れていた。子供のいない伯母は静香や潤を、自分の子供のように可愛がり、小さい時は玩具やお菓子や本、そして
彼らが成長すると季節に応じた洋服などを、お土産にと買ってきてくれた。だから静香も潤も、裕子伯母さんの来るのがとても楽しみだった。
しかし最近では、母のフラワーアレンジメント講師の仕事が忙しくなり、お互いのスケジュールが合わないせいか、遠山家に来る回数がめっきり減ってしまったのだった。静香は今回の伯母の急な訪問は『多分、三人官女に関することでは』と思った。
伯母が来訪してしばらくたってから、彼女は若宮大路にある「ユニオン鎌倉店」というスーパーまで買い物に出掛けた。ここの店では輸入食料品なども取り揃えており、それらを手に取り
料理のレシピをあれこれと考えるだけでも楽しい。
2階には若宮大路を見下ろすことができる「ローズカフェ」という喫茶店が入っている。1階がスーパーのせいか観光客はめったに入ってこない。そのせいか、地元の人達がのんびりと
くつろぎたい時に、よく利用する店のひとつとなっている。その中に、本を片手にした雨漏り氏もいた。読んでいたのは『東野圭吾』シリーズ。
「喫茶店 ローズカフェ」
静香が買い物を済ませ中央の出入り口から出て来た時に、雨漏り氏もちょうど階下に降りて
きたところだった。花の影から現れた雨漏り氏に、最初に気が付いたのは静香の方だった。
静香 :「あっ、雨漏りさん、この間はありがとうございます。私の大切にしている手帳に
気が付いてくださって」
雨漏り氏:「いゃー、静香さんにこんなところで会うなんて。それに、そん
なにお礼を言われるほどのことでは。あっ、そうだ。あの時
たまたま、小花模様のカバーの内ポケットに挟んであった
小さな男の子の写真が床に落ちてしまったので、つい見え
てしまったのだが、あの小さな男の子って、ひょっとして静香
さんお兄さんの作ちゃん?」
静香 :「ええ、そうですけど、あの写真は父からもらったものなのです。兄の写真はあれ
1枚しかないので、とても大切にしていたのです」
雨漏り氏:「やはりそうですか。実は、帰りの電車の中で家内が、変なことを言い出しましてね、『あの写真の男の子、静香さんの大学の先輩だという芳野創さんに、どことなく似てない?得に目元が。でも、そんな訳ないわよね。垢の他人ですものね』って」
雨漏り氏:「あっ、気にしないでくださいね。あの頃の男の子は皆、似たような感じだから。私なんて、近所の小さな男の子も、しょっちゅう間違えて、家内に注意されるくらいですから」
雨漏り氏にそう言われて、静香は七里ガ浜で千晶が言ったこと思い出していた。『作ちゃって男の子、静香にも潤ちゃんにも似てないね。それに静香のお父さんにも似ていないみたい。きっと母方のおじいちゃんかおばあちゃんの方に似ているのかもしれないわね』
その時、彼女は千晶がこの写真の男の子に対して持った印象と、自分が抱いていた印象とが一致したことで、一瞬心が揺れたのだった。静香も以前からなんとなく写真の男の子が
家族でない誰かに似ていると思っていたのだった。
それも「見知らぬ誰かではなく、何処かで会ったことがある誰か」。しかし、もやもやしたものが心の中を通り過ぎるだけで思い出せないでいた。その影のような存在は、彼女の心の中にそのまま沈殿したままになっていたのだった。
彼女は創の顔を思い浮かべていた。『何処かで会ったことがある誰か』とは、創のことだったのだ。だから初めて会った時も、何故か初めて会った気がしなかったのだと思った。
雨漏り氏:「それで、『そんなことある訳ないでしょう。惹かれあうもの同志は何処
か似てくるって言うじゃないか。我々のようにね』って答えておいたので
すよ」
彼女は雨漏り氏の言葉に身が入らない様子だった。静香は伯母だったら、兄の作のことを話してくれるかもしれないと思っていたのだった。踵を返すように、帰り道を急ぐ静香らしからぬ後姿に、雨漏り氏は自分が『とんでもないことを言ったのでは』と後悔していた。
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数日後の午後、伯母の花村裕子が遠山家を訪ねてきた。今朝、出掛ける少し前になって
静香は母から、
響子:「静香、今日の午後は何処かに出掛ける予定ある?」
静香:「特にないけど、何故?」
響子:「急で悪いのだけど、今日の午後、裕子伯母さんが来ることになったから家に居て
て欲しいのよ」
静香:「伯母さんが来るのは久し振りね。だけど母さん、今日も夜まで授業があるのじゃ
ないの?伯母さん、母さんに会うの楽しみにしているのに」
響子:「それが大丈夫なのよ。今日は第3水曜日で、授業は午後の3時までなの。伯母
さんの方が家に早く着くと思うから、母さんが帰るまで待っていてと伝えておい
てね。」
静香:「わかったわ。私、伯母さん来てから夕食の買い物に出るわ」
はシフトとシフトの間の休みを利用して泊りがけで、よく遠山家を訪れていた。子供のいない伯母は静香や潤を、自分の子供のように可愛がり、小さい時は玩具やお菓子や本、そして
彼らが成長すると季節に応じた洋服などを、お土産にと買ってきてくれた。だから静香も潤も、裕子伯母さんの来るのがとても楽しみだった。
しかし最近では、母のフラワーアレンジメント講師の仕事が忙しくなり、お互いのスケジュールが合わないせいか、遠山家に来る回数がめっきり減ってしまったのだった。静香は今回の伯母の急な訪問は『多分、三人官女に関することでは』と思った。
伯母が来訪してしばらくたってから、彼女は若宮大路にある「ユニオン鎌倉店」というスーパーまで買い物に出掛けた。ここの店では輸入食料品なども取り揃えており、それらを手に取り
料理のレシピをあれこれと考えるだけでも楽しい。
2階には若宮大路を見下ろすことができる「ローズカフェ」という喫茶店が入っている。1階がスーパーのせいか観光客はめったに入ってこない。そのせいか、地元の人達がのんびりと
くつろぎたい時に、よく利用する店のひとつとなっている。その中に、本を片手にした雨漏り氏もいた。読んでいたのは『東野圭吾』シリーズ。
「喫茶店 ローズカフェ」
静香が買い物を済ませ中央の出入り口から出て来た時に、雨漏り氏もちょうど階下に降りて
きたところだった。花の影から現れた雨漏り氏に、最初に気が付いたのは静香の方だった。
静香 :「あっ、雨漏りさん、この間はありがとうございます。私の大切にしている手帳に
気が付いてくださって」
雨漏り氏:「いゃー、静香さんにこんなところで会うなんて。それに、そん
なにお礼を言われるほどのことでは。あっ、そうだ。あの時
たまたま、小花模様のカバーの内ポケットに挟んであった
小さな男の子の写真が床に落ちてしまったので、つい見え
てしまったのだが、あの小さな男の子って、ひょっとして静香
さんお兄さんの作ちゃん?」
静香 :「ええ、そうですけど、あの写真は父からもらったものなのです。兄の写真はあれ
1枚しかないので、とても大切にしていたのです」
雨漏り氏:「やはりそうですか。実は、帰りの電車の中で家内が、変なことを言い出しましてね、『あの写真の男の子、静香さんの大学の先輩だという芳野創さんに、どことなく似てない?得に目元が。でも、そんな訳ないわよね。垢の他人ですものね』って」
雨漏り氏:「あっ、気にしないでくださいね。あの頃の男の子は皆、似たような感じだから。私なんて、近所の小さな男の子も、しょっちゅう間違えて、家内に注意されるくらいですから」
雨漏り氏にそう言われて、静香は七里ガ浜で千晶が言ったこと思い出していた。『作ちゃって男の子、静香にも潤ちゃんにも似てないね。それに静香のお父さんにも似ていないみたい。きっと母方のおじいちゃんかおばあちゃんの方に似ているのかもしれないわね』
その時、彼女は千晶がこの写真の男の子に対して持った印象と、自分が抱いていた印象とが一致したことで、一瞬心が揺れたのだった。静香も以前からなんとなく写真の男の子が
家族でない誰かに似ていると思っていたのだった。
それも「見知らぬ誰かではなく、何処かで会ったことがある誰か」。しかし、もやもやしたものが心の中を通り過ぎるだけで思い出せないでいた。その影のような存在は、彼女の心の中にそのまま沈殿したままになっていたのだった。
彼女は創の顔を思い浮かべていた。『何処かで会ったことがある誰か』とは、創のことだったのだ。だから初めて会った時も、何故か初めて会った気がしなかったのだと思った。
雨漏り氏:「それで、『そんなことある訳ないでしょう。惹かれあうもの同志は何処
か似てくるって言うじゃないか。我々のようにね』って答えておいたので
すよ」
彼女は雨漏り氏の言葉に身が入らない様子だった。静香は伯母だったら、兄の作のことを話してくれるかもしれないと思っていたのだった。踵を返すように、帰り道を急ぐ静香らしからぬ後姿に、雨漏り氏は自分が『とんでもないことを言ったのでは』と後悔していた。
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by jsby
| 2006-08-22 19:22
| 追憶 冬物語