2006年 09月 13日
冬の追憶No.23-19 |
「第6話 エニグマ変奏曲」
電話ではよく連絡を取り合っているものの、姉と枕を並べて話すのは何ヶ月振りだろう。
裕子はしっかり者で真面目、また面倒見も良くその上責任感も強い、いわゆる御姉さん
タイプの女性。そのせいか勤め先のデパートという女性ばかりの職場に於いても、リーダ
ー的な存在として先輩からも後輩からも信頼され慕われている。
姉妹関係においても、その気質は存分に発揮、反映されてきた。響子にとって姉は良き
相談相手であり、安心して甘えられる母親のようでもあった。そんな裕子だったが、いざ
自分のこととなると考え過ぎてしまって、せっかくの結婚のチャンスを逸してしまったり、
完璧主義なる性格がそうさせるのか、仕事で失敗をすると柄にもなく落ち込んだりすること
もあった。
そんな彼女にとって、妹夫婦の家庭は理想像であり、安らげる空間でもあった。花村姉妹は、プラス面とマイナス面を補い合い、お互いの人生を享受し合って生きてきた。
裕子:「静香ちゃん、少し会わない間に随分と大人っぽく綺麗になったわね。もう大学生だ
ものね。でも血は争えないわ。誠さんと同じような方面を目指すことになるなんて」
響子:「いつも何かと姉さんに迷惑ばかり掛けてしまって悪いけど、静香が大学に通い始め
たら、よろしく面倒見てね。N大学の芸術学部の1・2年次は所沢キャンパスそして
3・4年次は江古田キャンパスだから、鎌倉からだと遠いわ」
響子:「通うだけでも、きっと疲れてしまうと思うの。ウィークデーは姉さんの所から通って、
土日は鎌倉に帰らせるようにするから」
裕子:「あら、迷惑だなんて少しも思ってないわ。それどころか、静香ちゃんと一緒に暮ら
せるなんて、今から待ち遠しいくらいなのよ。あんな娘がいたら、毎日がどんなに
楽しいだろうなって。そういう意味で響子のことが、ちょっぴり羨ましいと思っていた
くらいなのよ」
響子:「ところで、さっき静香に『作』のこと聞かれたって言っていたけど、どんなことを聞か
れたの?」
裕子:「作ちゃんって、どんな顔していたのかとか、近所の知り合いの人に『お父さんにも、
自分や潤にも似てないみたい。母方のおじいちゃんかおばあちゃんの方に似ている
のかもしれない』と言われたとか」
響子:「それで姉さんは、何て答えたの?」
裕子:「私も思ってもみない質問にうろたえてしまって、『作ちゃんは小さい時のお母さん
に似ていたわよ。そうよ!お母さん似なのよ』と答えておいたわ。そして、話題を
変えようとして、私達が子供の頃に家族でお雛様の前で写した写真を持ってきて
いたので静香ちゃんに見せたの」
そう言いながら、裕子はさっき静香に見せた写真をバッグから取り出して、
裕子:「そうしたら、『伯母さん、このおじいちゃんとおばあちゃんが一緒に写っている写真、
私にくれない?私が生まれた時には、ふたりとも亡くなってしまっていたから顔も
知らないもの。お願い!』って言われて。似たような写真が2枚あったから、その
うちの1枚を静香ちゃんにあげたの」
裕子:「大人になれば、戸籍謄本とか墓石に彫った戒名とかで亡くなった兄弟がいたことは
分かってしまうものだけど、作ちゃんの場合はすべてを明らかにする訳にはいかない
ものね」
裕子:「大学生というのは半分大人のようであって心は未熟。純粋さゆえに、無謀なことを
考えたり、行動を取ったりと扱いにくい年齢だと思うわ。かつて響子がそうであった
ように、まわりはハラハラさせられるかもね。それに静香ちゃんって、美人だから男子
学生がほっておかないかもしれないわよ」
響子:「姉さん、おどかさないでよ。都会の大学に、通わせるのが心配になってきたわ」
裕子:「それは何処の大学に通ったって同じよ。大丈夫よ、私がちゃんと監視しているから」
裕子の話に、響子はつい最近再会してしまった千尋のこと思い出していた。そして
響子:「実はね。この間、フラワーアレンジメントの研修があって大阪まで行ったのだけれど、
宿泊先の『ホテル モントレ大阪』のロビーで芳野千尋に出会ってしまったの。外国人
らしい男性と話をしていたわ。もう一生会うことはないと心に誓ったはずの人に、あん
な所で出くわすなんて」
裕子:「まさか貴女、会って話しをしたんじゃないでしょうね」
響子:「私が今更、そんなことする訳がないじゃない。通りすがりに見かけただけよ。だから、
芳野も気付かなかったと思うわ」
裕子:「彼、日本に戻っていたのね」
響子:「えっ、日本に戻っていたって、何処か外国に行っていたの?何でそんなことを知って
いるの?」
裕子:「もう昔のことだけど・・・私、千尋さんに生まれてくる子供の父親として認知だけでも
してもらおうと思って、彼のお父さんに連絡を取ったことがあったの。そしたら、千尋
は今、日本にはいないって言われたわ。それに、息子が反対しているのに響子さん
が勝手に産むのだから、自分達には責任はないって」
響子:「そんなことがあったなんて、初めて知ったわ」
裕子:「でも結果的には、あの時に認知なんかしてもらわなくってよかったわ。そしたら、
誠さんも響子との結婚に踏み切れなかったかもしれないから。定職についていな
い彼が響子さんを自分にくださいって言ってきた時は驚いたけど、彼は約束どおり
成功したし、貴女を幸せにもしてくれた」
裕子:「これでよかったのよ。以前ね、誠さん言っていたけど、自分は響子や作ちゃん
を幸せにするために夢中で働いた。そのおかげで、ドラマ作家として成功する
こともできた。ここまで頑張れたのは、素晴しい家族があったからだって」
裕子:「だから感謝状は、自分を支えてくれた響子にあげたいって。誠さん、響子のこと
心から愛していたのね。貴女って本当に幸せな人ね。でも、作ちゃんが生きてい
たら、26歳ね。どんな青年に成長していたかしらね」
姉妹は過ぎ去った幸せと相反する時間の波間で漂い、心の中に沈殿させてしまったものの重みを感じていた。翌朝、裕子は三人官女を持って帰っていった。
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電話ではよく連絡を取り合っているものの、姉と枕を並べて話すのは何ヶ月振りだろう。
裕子はしっかり者で真面目、また面倒見も良くその上責任感も強い、いわゆる御姉さん
タイプの女性。そのせいか勤め先のデパートという女性ばかりの職場に於いても、リーダ
ー的な存在として先輩からも後輩からも信頼され慕われている。
姉妹関係においても、その気質は存分に発揮、反映されてきた。響子にとって姉は良き
相談相手であり、安心して甘えられる母親のようでもあった。そんな裕子だったが、いざ
自分のこととなると考え過ぎてしまって、せっかくの結婚のチャンスを逸してしまったり、
完璧主義なる性格がそうさせるのか、仕事で失敗をすると柄にもなく落ち込んだりすること
もあった。
そんな彼女にとって、妹夫婦の家庭は理想像であり、安らげる空間でもあった。花村姉妹は、プラス面とマイナス面を補い合い、お互いの人生を享受し合って生きてきた。
ものね。でも血は争えないわ。誠さんと同じような方面を目指すことになるなんて」
響子:「いつも何かと姉さんに迷惑ばかり掛けてしまって悪いけど、静香が大学に通い始め
たら、よろしく面倒見てね。N大学の芸術学部の1・2年次は所沢キャンパスそして
3・4年次は江古田キャンパスだから、鎌倉からだと遠いわ」
響子:「通うだけでも、きっと疲れてしまうと思うの。ウィークデーは姉さんの所から通って、
土日は鎌倉に帰らせるようにするから」
裕子:「あら、迷惑だなんて少しも思ってないわ。それどころか、静香ちゃんと一緒に暮ら
せるなんて、今から待ち遠しいくらいなのよ。あんな娘がいたら、毎日がどんなに
楽しいだろうなって。そういう意味で響子のことが、ちょっぴり羨ましいと思っていた
くらいなのよ」
響子:「ところで、さっき静香に『作』のこと聞かれたって言っていたけど、どんなことを聞か
れたの?」
裕子:「作ちゃんって、どんな顔していたのかとか、近所の知り合いの人に『お父さんにも、
自分や潤にも似てないみたい。母方のおじいちゃんかおばあちゃんの方に似ている
のかもしれない』と言われたとか」
響子:「それで姉さんは、何て答えたの?」
裕子:「私も思ってもみない質問にうろたえてしまって、『作ちゃんは小さい時のお母さん
に似ていたわよ。そうよ!お母さん似なのよ』と答えておいたわ。そして、話題を
変えようとして、私達が子供の頃に家族でお雛様の前で写した写真を持ってきて
いたので静香ちゃんに見せたの」
裕子:「そうしたら、『伯母さん、このおじいちゃんとおばあちゃんが一緒に写っている写真、
私にくれない?私が生まれた時には、ふたりとも亡くなってしまっていたから顔も
知らないもの。お願い!』って言われて。似たような写真が2枚あったから、その
うちの1枚を静香ちゃんにあげたの」
裕子:「大人になれば、戸籍謄本とか墓石に彫った戒名とかで亡くなった兄弟がいたことは
分かってしまうものだけど、作ちゃんの場合はすべてを明らかにする訳にはいかない
ものね」
裕子:「大学生というのは半分大人のようであって心は未熟。純粋さゆえに、無謀なことを
考えたり、行動を取ったりと扱いにくい年齢だと思うわ。かつて響子がそうであった
ように、まわりはハラハラさせられるかもね。それに静香ちゃんって、美人だから男子
学生がほっておかないかもしれないわよ」
響子:「姉さん、おどかさないでよ。都会の大学に、通わせるのが心配になってきたわ」
裕子:「それは何処の大学に通ったって同じよ。大丈夫よ、私がちゃんと監視しているから」
裕子の話に、響子はつい最近再会してしまった千尋のこと思い出していた。そして
響子:「実はね。この間、フラワーアレンジメントの研修があって大阪まで行ったのだけれど、
宿泊先の『ホテル モントレ大阪』のロビーで芳野千尋に出会ってしまったの。外国人
らしい男性と話をしていたわ。もう一生会うことはないと心に誓ったはずの人に、あん
な所で出くわすなんて」
響子:「私が今更、そんなことする訳がないじゃない。通りすがりに見かけただけよ。だから、
芳野も気付かなかったと思うわ」
裕子:「彼、日本に戻っていたのね」
響子:「えっ、日本に戻っていたって、何処か外国に行っていたの?何でそんなことを知って
いるの?」
裕子:「もう昔のことだけど・・・私、千尋さんに生まれてくる子供の父親として認知だけでも
してもらおうと思って、彼のお父さんに連絡を取ったことがあったの。そしたら、千尋
は今、日本にはいないって言われたわ。それに、息子が反対しているのに響子さん
が勝手に産むのだから、自分達には責任はないって」
響子:「そんなことがあったなんて、初めて知ったわ」
裕子:「でも結果的には、あの時に認知なんかしてもらわなくってよかったわ。そしたら、
誠さんも響子との結婚に踏み切れなかったかもしれないから。定職についていな
い彼が響子さんを自分にくださいって言ってきた時は驚いたけど、彼は約束どおり
成功したし、貴女を幸せにもしてくれた」
裕子:「これでよかったのよ。以前ね、誠さん言っていたけど、自分は響子や作ちゃん
を幸せにするために夢中で働いた。そのおかげで、ドラマ作家として成功する
こともできた。ここまで頑張れたのは、素晴しい家族があったからだって」
裕子:「だから感謝状は、自分を支えてくれた響子にあげたいって。誠さん、響子のこと
心から愛していたのね。貴女って本当に幸せな人ね。でも、作ちゃんが生きてい
たら、26歳ね。どんな青年に成長していたかしらね」
姉妹は過ぎ去った幸せと相反する時間の波間で漂い、心の中に沈殿させてしまったものの重みを感じていた。翌朝、裕子は三人官女を持って帰っていった。
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by jsby
| 2006-09-13 18:16
| 追憶 冬物語