2007年 01月 11日
冬の追憶No.23-34 |
「第6話 エニグマ変奏曲」
さっきから東宝東和の中島豊は、ふたりのアルバイト候補生から届いた課題に目を通しながら迷っていた。候補者とは遠山静香と彼女より1学年上の大学生。どちらも甲乙付けがたかったのだ。やがて決心したかのように携帯電話を取り出した。
中島:「もしもし、東宝東和の中島ですが、芳野?今、話せるかな?」
芳野:「いぇ、オーライです。あっ、この間の結果ですか?何か怖いな。自分のこと
よりドキドキして来た」
中島:「度胸のいいお前がドキドキか。実はね・・・」
芳野:「いやだなあ、先輩。勿体ぶらいないで、早く教えてくださいよ。駄目なら駄目で、
遠山さんへの慰め方と次のアルバイト先を考えてあげなければいけないんだから」
中島:「誰が駄目って言ったんだ。お前も早とちりだな。じゃあ、結論から言うと、遠山静香
さんを採用することにしたよ。実はお前には言わなかったんだが、もう一人候補者が
いてね、同じ課題を出したんだが、甲乙つけがたかったいくらい困ったよ」
芳野:「先輩、ありがとうございます。嬉しいな。遠山さんに決めた理由は俺の紹介だから?」
中島:「いゃ、そうじゃない。二人とも英語力は問題なかった。正直言って、映画感想文に
ついては、もう一人の候補者の方が的確にまとめてあった。もっとも、遠山さんより
一学年上の大学生だったせいもあるが」
芳野:「じゃ、何が決め手に?」
中島:「彼女、バガー・ヴァンスの伝説の本も読んでいたんだ。書籍の読後感も書いてあった。そして課題の最後に『人は誰でもどこかに生まれ持ったスイングを持っている。私の中のスイングがまだ何かはわかりませんが、自分らしさを大切にし、それを探してみたいと思います』となっていた」
中島:「書籍を読むのを薦めたのは、お前だろう?」
芳野:「へへっ、先輩、お見通しですね。でも、一言メッセージは違いますよ」
中島:「よかったな。ところで、あの時は急いでいたので、遠山静香さんの電話番号を
聞くのを忘れてしまっていた。連絡を取りたいんだが、教えてくれるかな」
芳野:「ちょっと待ってください。これだな、0467-22-3546です。俺から連絡取っておき
ましょうか?」
中島:「とか何とか言っちゃって、彼女と話したいのはお前の方だろ。ま、いいや。アルバイト
雇用契約をしなければならないので、至急、連絡してくれるように伝えてくれ。あっ、
もう一人の候補者のことは話さなくていいぞ」
芳野:「ありがとうございます。先輩、今度おごりますよ」
中島:「それより、今、韓国映画ブームだろう。うちの社も『チング』を買ってみた。4月6日からの公開だからもうすぐなんだ。ユ・オソンやチャン・ドンゴンが出ている。だから創の雑誌社でも取り上げて欲しいだけど」
芳野:「わかりました。あの時、取り扱って欲しい映画って
チングだったですか。わかりました。あの切れ者の取材記者の鈴木美沙さんか水野さんと伺いますよ」
韓国映画情報「チング」
東宝東和公開作品リスト(2002年)
その頃、静香は父の部屋であるもの探し続けていた。母の響子に聞けば、そのもののあり場所はすぐにわかる筈なのだが、兄の作にも関連しているかもしれないと思うと、言い出せないでいた。そのあるものとは父の大学時代のアルバムだった。
ここ数日、母が出掛けるのを待つようにしている自分が後ろめたかったが、創と自分とを繋ぐ見えない糸があるような気がしてならなかったのだ。父が大学を卒業したのは27年も前のこと。何処にしまってあるのだろう。
しかし、それは思ってもみないところから見つかった。父の使っていた書斎をすべて探しつくし、もしかしたら母の部屋かもと思ったからだ。考えてみれば、母も父と同じ大学の同じ学部だった筈。静香の直感は当たった。母の机の一番下の引き出しから古びたアルバムが出て来たのだ。
父も母も第一文学部だったはず。ページをめくる手が震えた。あいうえお順から言えば、父は遠山、母は花村、そして創さんのお父さんは芳野。たくさんの学生の写真の中から探すのは意外と大変だった。父と母はすぐわかったが、芳野姓だけでも3人いた。こんなことなら、創さんのお父さんの名前を聞いておけばよかったと思った。
でも、その中で創から預かった写真と似ている男性が見つかった。名前は芳野千尋となっていた。やはり、同じ時期に同じ大学で青春を過ごしていたのだ。静香はアルバムを持ち出し、近所のコンビニまでコピーを取りに行った。そして慎重に母の机の引き出しにそれを戻しておいた。
その晩、創から電話があった。
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さっきから東宝東和の中島豊は、ふたりのアルバイト候補生から届いた課題に目を通しながら迷っていた。候補者とは遠山静香と彼女より1学年上の大学生。どちらも甲乙付けがたかったのだ。やがて決心したかのように携帯電話を取り出した。
中島:「もしもし、東宝東和の中島ですが、芳野?今、話せるかな?」
芳野:「いぇ、オーライです。あっ、この間の結果ですか?何か怖いな。自分のこと
よりドキドキして来た」
芳野:「いやだなあ、先輩。勿体ぶらいないで、早く教えてくださいよ。駄目なら駄目で、
遠山さんへの慰め方と次のアルバイト先を考えてあげなければいけないんだから」
中島:「誰が駄目って言ったんだ。お前も早とちりだな。じゃあ、結論から言うと、遠山静香
さんを採用することにしたよ。実はお前には言わなかったんだが、もう一人候補者が
いてね、同じ課題を出したんだが、甲乙つけがたかったいくらい困ったよ」
芳野:「先輩、ありがとうございます。嬉しいな。遠山さんに決めた理由は俺の紹介だから?」
中島:「いゃ、そうじゃない。二人とも英語力は問題なかった。正直言って、映画感想文に
ついては、もう一人の候補者の方が的確にまとめてあった。もっとも、遠山さんより
一学年上の大学生だったせいもあるが」
芳野:「じゃ、何が決め手に?」
中島:「彼女、バガー・ヴァンスの伝説の本も読んでいたんだ。書籍の読後感も書いてあった。そして課題の最後に『人は誰でもどこかに生まれ持ったスイングを持っている。私の中のスイングがまだ何かはわかりませんが、自分らしさを大切にし、それを探してみたいと思います』となっていた」
中島:「書籍を読むのを薦めたのは、お前だろう?」
芳野:「へへっ、先輩、お見通しですね。でも、一言メッセージは違いますよ」
中島:「よかったな。ところで、あの時は急いでいたので、遠山静香さんの電話番号を
聞くのを忘れてしまっていた。連絡を取りたいんだが、教えてくれるかな」
芳野:「ちょっと待ってください。これだな、0467-22-3546です。俺から連絡取っておき
ましょうか?」
中島:「とか何とか言っちゃって、彼女と話したいのはお前の方だろ。ま、いいや。アルバイト
雇用契約をしなければならないので、至急、連絡してくれるように伝えてくれ。あっ、
もう一人の候補者のことは話さなくていいぞ」
芳野:「ありがとうございます。先輩、今度おごりますよ」
中島:「それより、今、韓国映画ブームだろう。うちの社も『チング』を買ってみた。4月6日からの公開だからもうすぐなんだ。ユ・オソンやチャン・ドンゴンが出ている。だから創の雑誌社でも取り上げて欲しいだけど」
芳野:「わかりました。あの時、取り扱って欲しい映画って
チングだったですか。わかりました。あの切れ者の取材記者の鈴木美沙さんか水野さんと伺いますよ」
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東宝東和公開作品リスト(2002年)
その頃、静香は父の部屋であるもの探し続けていた。母の響子に聞けば、そのもののあり場所はすぐにわかる筈なのだが、兄の作にも関連しているかもしれないと思うと、言い出せないでいた。そのあるものとは父の大学時代のアルバムだった。
しかし、それは思ってもみないところから見つかった。父の使っていた書斎をすべて探しつくし、もしかしたら母の部屋かもと思ったからだ。考えてみれば、母も父と同じ大学の同じ学部だった筈。静香の直感は当たった。母の机の一番下の引き出しから古びたアルバムが出て来たのだ。
父も母も第一文学部だったはず。ページをめくる手が震えた。あいうえお順から言えば、父は遠山、母は花村、そして創さんのお父さんは芳野。たくさんの学生の写真の中から探すのは意外と大変だった。父と母はすぐわかったが、芳野姓だけでも3人いた。こんなことなら、創さんのお父さんの名前を聞いておけばよかったと思った。
でも、その中で創から預かった写真と似ている男性が見つかった。名前は芳野千尋となっていた。やはり、同じ時期に同じ大学で青春を過ごしていたのだ。静香はアルバムを持ち出し、近所のコンビニまでコピーを取りに行った。そして慎重に母の机の引き出しにそれを戻しておいた。
その晩、創から電話があった。
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by jsby
| 2007-01-11 18:53
| 追憶 冬物語