2007年 04月 11日
冬の追憶No.24-12 |
「第7話 若しも・・・」
翌日の昼過ぎ、創は美千代の画廊を訪れた。母は常連らしいお客の相談にのっているところだった。最近では、それなりに固定客が付き始めているらしく、日中はけっこう忙しそうだった。彼女のように美術の知識が薄くても、日々の経験が自信に繋がっていくのか、彼の目から見ても堂々としたものだった。
また彼女の押し付けがましくなく誠実な人柄が来訪するお客にとって心地良い安心感を与えるのか、口コミでお客が増えていったようである。もとはと言えば、双子の『作』を探すために始めた画廊経営だったが、案外とさまになってしまうから不思議である。
お客はあれこれ迷った挙句、「また近いうちに」と言って帰っていった。息子の予期せぬ訪問に美千代は戸惑ったようだったが、内心ではまんざらでもない様子だった。
美千代:「どうしたの?こんな時間に・・・。貴方、仕事の途中なんじゃないの?」
創 :「うん、『母子(ははこ)で楽しむ銀座特集』という取材があって、さっきまでこの近
くで仕事していたものだから。いつものことだけど、思ったより取材が長引いてし
まって、今やっと昼休みといったところ」
美千代:「そんならいいけど、何か私に頼みごとでも・・・」
創 :「よくわかるね」
美千代:「26年間も貴方を育ててきたんだもの。顔を見れば、だいだいの察しはつくわ。
ところで、何の用?ご飯でも食べながら聞こうか?」
創 :「俺はいいけど、画廊の方は大丈夫なの?」
美千代:「実は私もお昼ごはんを食べる間がなくて、どうしようかなと思っていたところ
だったから丁度よかったわ。それじゃ、文明堂パーラーにでも行こうか。
あそこだったら、ランチもあるし。骨付きチキンのカレーライスが1500円で、
けっこういけるわよ。『母子(ははこ)で楽しむ銀座』だもんね」
創 :「さすが母さん!早速、使ってくれましたね」
文明堂パーラー 銀座5丁目店
昼時を過ぎていたせいか、店内はさほど混んでいなかった。窓際側の席に座り注文を済ませると、美千代は息子の頼みごとが気になるのか、
美千代:「頼みごとって何?」
創 :「頼みごとの前に、この間電話で母さんが言っていた父さんのお墓参りのこと
なんだけど・・・。俺、鎌倉の浄妙寺に行ってみたんだ」
美千代:「えっ、いつ?」
創 :「昨日」
美千代:「ははん~、さては静香さんとデート?」
創 :「母さんにはかなわないな。それもあるけど、母さんが気にしていたみたい
だから、田中実さんという人のお墓があるかどうか確かめてみたんだ」
美千代:「それで?」
創 :「うん。やはり、親父はその人のお墓参りに行ったみたいだったよ」
美千代:「そうよね。安心したわ。香織が変なこと私に吹き込むから、貴方にまで心配
させてしまって」
彼としては、父が遠山誠のお墓参りに行ったとは言えなかった。それこそ、母がどんな誤解をするかわからなかったからだ。
美千代:「ところで、貴方の頼みごとって?」
創 :「父さんが大阪に出張に行った時に小林秀雄という大学時代の友達に会ったって
言ってだろう。父さんのことだから、名刺ぐらい交換しているかなと思って。そうだ
ったとしたら、その人の連絡先が知りたいと思って」
美千代:「じゃ、お父さんに聞いてみたら?」
創 :「俺も父さんも仕事で忙しいし、なかなか連絡がつかないし。わざわざ、電話する
ほどのことでもないから。それで母さんには悪いだけど、父さんの名刺入れの中
にその人の名刺があったら、連絡先を調べておいて欲しいだけど」
美千代は唐突とも思える息子の言い分に訝りながら、
美千代:「何か変ね~。何でまたその人の連絡先がいるの?」
創 :「静香さんの亡くなったお父さんも、親父と同じW大学の第一文学部だったろ。
静香さんに小林秀雄さんという人のことを話したら、お父さんの葬儀の時に
参列してくれていたことがわかったんだ。それで今度三回忌をやるのに、その
人だけが引っ越してしまったらしくって、連絡先が分からないって言っていた」
美千代:「なんだ~。そうだったの。わかったわ。調べて電話してあげる」
美千代の納得したような言葉を聞いて、創はほっとした。元来、特に母親に嘘を付くの大の苦手だったからだ。彼は表面では平静を装っていたが、背中を汗が流れ落ちるのがわかった。2日後、美千代は息子の話しを疑うこともなく、小林秀雄の連絡先を調べて連絡してくれた。
しかし、このことが新たなことに発展していくきっかけとなっていった。
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翌日の昼過ぎ、創は美千代の画廊を訪れた。母は常連らしいお客の相談にのっているところだった。最近では、それなりに固定客が付き始めているらしく、日中はけっこう忙しそうだった。彼女のように美術の知識が薄くても、日々の経験が自信に繋がっていくのか、彼の目から見ても堂々としたものだった。
また彼女の押し付けがましくなく誠実な人柄が来訪するお客にとって心地良い安心感を与えるのか、口コミでお客が増えていったようである。もとはと言えば、双子の『作』を探すために始めた画廊経営だったが、案外とさまになってしまうから不思議である。
美千代:「どうしたの?こんな時間に・・・。貴方、仕事の途中なんじゃないの?」
創 :「うん、『母子(ははこ)で楽しむ銀座特集』という取材があって、さっきまでこの近
くで仕事していたものだから。いつものことだけど、思ったより取材が長引いてし
まって、今やっと昼休みといったところ」
美千代:「そんならいいけど、何か私に頼みごとでも・・・」
創 :「よくわかるね」
美千代:「26年間も貴方を育ててきたんだもの。顔を見れば、だいだいの察しはつくわ。
ところで、何の用?ご飯でも食べながら聞こうか?」
創 :「俺はいいけど、画廊の方は大丈夫なの?」
美千代:「実は私もお昼ごはんを食べる間がなくて、どうしようかなと思っていたところ
だったから丁度よかったわ。それじゃ、文明堂パーラーにでも行こうか。
あそこだったら、ランチもあるし。骨付きチキンのカレーライスが1500円で、
けっこういけるわよ。『母子(ははこ)で楽しむ銀座』だもんね」
創 :「さすが母さん!早速、使ってくれましたね」
昼時を過ぎていたせいか、店内はさほど混んでいなかった。窓際側の席に座り注文を済ませると、美千代は息子の頼みごとが気になるのか、
美千代:「頼みごとって何?」
創 :「頼みごとの前に、この間電話で母さんが言っていた父さんのお墓参りのこと
なんだけど・・・。俺、鎌倉の浄妙寺に行ってみたんだ」
美千代:「えっ、いつ?」
創 :「昨日」
美千代:「ははん~、さては静香さんとデート?」
創 :「母さんにはかなわないな。それもあるけど、母さんが気にしていたみたい
だから、田中実さんという人のお墓があるかどうか確かめてみたんだ」
美千代:「それで?」
創 :「うん。やはり、親父はその人のお墓参りに行ったみたいだったよ」
美千代:「そうよね。安心したわ。香織が変なこと私に吹き込むから、貴方にまで心配
させてしまって」
彼としては、父が遠山誠のお墓参りに行ったとは言えなかった。それこそ、母がどんな誤解をするかわからなかったからだ。
創 :「父さんが大阪に出張に行った時に小林秀雄という大学時代の友達に会ったって
言ってだろう。父さんのことだから、名刺ぐらい交換しているかなと思って。そうだ
ったとしたら、その人の連絡先が知りたいと思って」
美千代:「じゃ、お父さんに聞いてみたら?」
創 :「俺も父さんも仕事で忙しいし、なかなか連絡がつかないし。わざわざ、電話する
ほどのことでもないから。それで母さんには悪いだけど、父さんの名刺入れの中
にその人の名刺があったら、連絡先を調べておいて欲しいだけど」
美千代は唐突とも思える息子の言い分に訝りながら、
美千代:「何か変ね~。何でまたその人の連絡先がいるの?」
創 :「静香さんの亡くなったお父さんも、親父と同じW大学の第一文学部だったろ。
静香さんに小林秀雄さんという人のことを話したら、お父さんの葬儀の時に
参列してくれていたことがわかったんだ。それで今度三回忌をやるのに、その
人だけが引っ越してしまったらしくって、連絡先が分からないって言っていた」
美千代:「なんだ~。そうだったの。わかったわ。調べて電話してあげる」
美千代の納得したような言葉を聞いて、創はほっとした。元来、特に母親に嘘を付くの大の苦手だったからだ。彼は表面では平静を装っていたが、背中を汗が流れ落ちるのがわかった。2日後、美千代は息子の話しを疑うこともなく、小林秀雄の連絡先を調べて連絡してくれた。
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by jsby
| 2007-04-11 19:33
| 追憶 冬物語