2007年 05月 25日
冬の追憶No.24-18 |
「第7話 若しも・・」
今回の投稿は「冬の追憶No.24-17~18」の2稿に渡っています。振り返ってご覧くだ
さい。
スミス氏の話はなおも続いた。そして桂木は、先ほど会ったばかりの青年の翳りのある瞳を思い出しながら、沈痛な思いで聴いていた。
スミス:「本来なら親御さんが見つからなかった場合は2歳まで乳児院で育てられ、さらに
そこから児童養護施設へと移されるのだが、不憫に思ったジョンソン牧師夫妻が
彼の養父母となり育ててくれたのだ」
桂木 :「そんな深い事情があったなんて、同じ日本人として彼が気の毒でならない」
スミス:「彼がN社に入社し新聞記者になった時、ジョンソン牧師はとても喜んだ。そして
私は彼から『ケイデンに日本に関係するような仕事のチャンスが巡ってきたら、
推薦してあげて欲しい』と頼まれていたんだ」
スミス:「そのため、牧師はケイデンに常日頃から日本語の勉強を欠かさないようにと言って
聞かせてきたそうだ。だから彼が日本語を流暢に話せるのは、そのおかげとも言え
る」
スミス:「そして彼があそこまでになるには、ジョンソン牧師夫妻の温かい思いやりと愛情の
もとで育てられたこともあるが、彼自身も幼い頃から受けた差別や偏見にも屈せず、
懸命に努力し続けて来た結果なのだと思う」
桂木 :「そんな申し分のない人材であれば、日本支局の交代要員としての資格は充分じゃ
ないか。それにもしかしたら、彼は日本で肉親を見つけることが出来るかもしれない。
何も躊躇する要因などないような気がするけど」
スミス:「私が懸念するのは、アメリカは多国籍の人種がいる国だ。様々な国籍の人がいろ
いろな職業に付き働いている。だから多くのアメリカ人は彼のような人がいても誰も
気にかけないし、君が聞いたようなことも質問されることはないだろう」
スミス:「だが日本ではどうだろう。彼が日本人の姿形をしているがために興味関心を持つ
人も多く、そのたびに屈辱感や疎外感を味わいはしないだろうかと心配しているの
だ」
桂木 :「確かにそう言われれば、そうかもしれない」
スミス:「アメリカにいれば、養父母だが両親もいるし職場の仲間や友達もいる。だが日本
では、その孤独感を満たして上げられる人は誰もいない。だから彼が素敵なパート
ナーを見つけて結婚をし、可愛い子供も出来てからでも遅くはないのではないかと
思っただけなんだ」
桂木 :「ポール、君の迷う気持ちはよくわかった。だから社内の人間でなく、同じ業界で
働く日本人の私に意見を聞いてみたかったんだな」
しばらくの沈黙の後、桂木はスミス氏へのアドバイスになればと、ある例え話を思い付いた。
桂木 :「君は昨年の春、日本に観光で来て皇居の桜を見て素晴らしいと言ってくれた。
そして土手の堤に群生している紫の花大根や白いナズナそして黄色の菜の花
に気が付いて『絵のように美しい。誰があそこに植えたのか?』と私に聞いた事
があった。その時、私がどう答えたのか覚えているだろうか?」
スミス:「ああ覚えているよ。『桜は人の手によって植えられ、大切に育てられて来た。どの桜
が何処に植えられるかは人によって決められる。そして良質な土壌や日当たりのい
い環境、さらには充分な水や栄養など、多くの人の手によって管理され見守られる
ことで、皇居の桜は華やかに香り美しく咲き人々を楽しませることが出来るのだ』」
今度は当時を回想するように桂木が続けた。
桂木 :「しかし野の花を誰も植えたりはしない。風や鳥によって土手の堤に種が運ばれる。
そして彼らは偶然に舞い降りたところに根を張る。日当たりだって決していい訳が
ない。勿論、水や栄養の調達だって自分でしなければならない」
桂木 :「だから、大地に深くしっかり根を張って自分に適した環境を模索していく。そして
あっと言う間に仲間を増やし、自然の花園を作り出してしまう。人は春になって、
城壁の堤に咲く野の花を眺めるのを楽しみにさえするようになる。しかも旧江戸城・
樹齢何十年にも及ぶ薄紅色の桜・青緑色の水をたたえたお濠の立派な脇役を務
めている。素晴らしいじゃないか」
スミス:「君の言いたいことはよくわかった。ケイデンにはそのバイタリティや能力が備わって
いるのだと言いたいのだな。彼に対する最高の誉め言葉だよ。ありがとう。やはり
哲也に相談してみてよかったよ」
桂木 :「及ばずながらこの哲也、彼が日本支局に異動になった暁には日本の父とは言え
ないが、兄貴がわりぐらいにはなれると思うよ。なんなら私の家に下宿させてもい
いよ。歓迎するよ」
スミス:「大いに頼りにしているよ。これで安心して、彼を推薦することが出来る」
自分のことをめぐり、スミス氏と桂木との間でそんなやり取りがされているとは夢にも思わないケイデンは得意な日本語を駆使しながら、迷うことなくホテルへの道を歩いていた。これもジョンソン牧師が日本語の勉強を続けさせてくれたおかげと、今更ながら感謝していた。人がその夢を実現し幸せを掴んで行く時、影で温かく支えてくれている人達がいることを忘れてはならない。
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さい。
スミス氏の話はなおも続いた。そして桂木は、先ほど会ったばかりの青年の翳りのある瞳を思い出しながら、沈痛な思いで聴いていた。
そこから児童養護施設へと移されるのだが、不憫に思ったジョンソン牧師夫妻が
彼の養父母となり育ててくれたのだ」
桂木 :「そんな深い事情があったなんて、同じ日本人として彼が気の毒でならない」
スミス:「彼がN社に入社し新聞記者になった時、ジョンソン牧師はとても喜んだ。そして
私は彼から『ケイデンに日本に関係するような仕事のチャンスが巡ってきたら、
推薦してあげて欲しい』と頼まれていたんだ」
スミス:「そのため、牧師はケイデンに常日頃から日本語の勉強を欠かさないようにと言って
聞かせてきたそうだ。だから彼が日本語を流暢に話せるのは、そのおかげとも言え
る」
スミス:「そして彼があそこまでになるには、ジョンソン牧師夫妻の温かい思いやりと愛情の
もとで育てられたこともあるが、彼自身も幼い頃から受けた差別や偏見にも屈せず、
懸命に努力し続けて来た結果なのだと思う」
ないか。それにもしかしたら、彼は日本で肉親を見つけることが出来るかもしれない。
何も躊躇する要因などないような気がするけど」
スミス:「私が懸念するのは、アメリカは多国籍の人種がいる国だ。様々な国籍の人がいろ
いろな職業に付き働いている。だから多くのアメリカ人は彼のような人がいても誰も
気にかけないし、君が聞いたようなことも質問されることはないだろう」
スミス:「だが日本ではどうだろう。彼が日本人の姿形をしているがために興味関心を持つ
人も多く、そのたびに屈辱感や疎外感を味わいはしないだろうかと心配しているの
だ」
桂木 :「確かにそう言われれば、そうかもしれない」
スミス:「アメリカにいれば、養父母だが両親もいるし職場の仲間や友達もいる。だが日本
では、その孤独感を満たして上げられる人は誰もいない。だから彼が素敵なパート
ナーを見つけて結婚をし、可愛い子供も出来てからでも遅くはないのではないかと
思っただけなんだ」
桂木 :「ポール、君の迷う気持ちはよくわかった。だから社内の人間でなく、同じ業界で
働く日本人の私に意見を聞いてみたかったんだな」
しばらくの沈黙の後、桂木はスミス氏へのアドバイスになればと、ある例え話を思い付いた。
桂木 :「君は昨年の春、日本に観光で来て皇居の桜を見て素晴らしいと言ってくれた。
そして土手の堤に群生している紫の花大根や白いナズナそして黄色の菜の花
に気が付いて『絵のように美しい。誰があそこに植えたのか?』と私に聞いた事
があった。その時、私がどう答えたのか覚えているだろうか?」
が何処に植えられるかは人によって決められる。そして良質な土壌や日当たりのい
い環境、さらには充分な水や栄養など、多くの人の手によって管理され見守られる
ことで、皇居の桜は華やかに香り美しく咲き人々を楽しませることが出来るのだ』」
今度は当時を回想するように桂木が続けた。
桂木 :「しかし野の花を誰も植えたりはしない。風や鳥によって土手の堤に種が運ばれる。
そして彼らは偶然に舞い降りたところに根を張る。日当たりだって決していい訳が
ない。勿論、水や栄養の調達だって自分でしなければならない」
桂木 :「だから、大地に深くしっかり根を張って自分に適した環境を模索していく。そして
あっと言う間に仲間を増やし、自然の花園を作り出してしまう。人は春になって、
城壁の堤に咲く野の花を眺めるのを楽しみにさえするようになる。しかも旧江戸城・
樹齢何十年にも及ぶ薄紅色の桜・青緑色の水をたたえたお濠の立派な脇役を務
めている。素晴らしいじゃないか」
スミス:「君の言いたいことはよくわかった。ケイデンにはそのバイタリティや能力が備わって
いるのだと言いたいのだな。彼に対する最高の誉め言葉だよ。ありがとう。やはり
哲也に相談してみてよかったよ」
桂木 :「及ばずながらこの哲也、彼が日本支局に異動になった暁には日本の父とは言え
ないが、兄貴がわりぐらいにはなれると思うよ。なんなら私の家に下宿させてもい
いよ。歓迎するよ」
スミス:「大いに頼りにしているよ。これで安心して、彼を推薦することが出来る」
自分のことをめぐり、スミス氏と桂木との間でそんなやり取りがされているとは夢にも思わないケイデンは得意な日本語を駆使しながら、迷うことなくホテルへの道を歩いていた。これもジョンソン牧師が日本語の勉強を続けさせてくれたおかげと、今更ながら感謝していた。人がその夢を実現し幸せを掴んで行く時、影で温かく支えてくれている人達がいることを忘れてはならない。
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by jsby
| 2007-05-25 18:47
| 追憶 冬物語