「第8話 綻び(ほころび)」
芳野創と亡くなった兄とは異母兄弟ではないかと予想はしていたものの、改めてそう結論
付けられるのは、静香にとっても複雑な気持ちだった。
静香:「それを誰から?小林秀雄さんに会われたのですか?」
創 :「いゃ、僕は彼に会っていない」
『じゃあ、何故?』とでも言いたげな静香の視線を横目に感じながら、
創 :「実は、今回のことを調べてもらうのに先輩記者の鈴木美沙という女性に頼んだんだ。
勿論、信頼のおける人だから心配はいらない。彼女は小林秀雄さんに会って話を聞
いてくれたのだけど、はっきりしたことはわからなかった」
創 :「それで、彼に大学時代に君のお母さんと親しかった女性の友人がいなかったどうか
を尋ねてみた。通常、こういうことに男性はうといし、無関心だと思ったからだと言って
いた」
創 :「そしたら水城綾乃さん、今は結婚して山田綾乃さんという姓になっている女性がいた
ことを思い出してくれたのだ。君のお母さんとは大学の演劇サークル時代の友人だ
そうだ。で、その人にも会って話を聞いてくれた」
静香:「それで母の友人は何と?」
創 :「ずっと昔、そう・・・君が生まれる前のことだけど、その女性が君のお母さんに『作の
本当の父親は芳野千尋ではないか』と電話で聞いたことがあったそうだ。きっかけ
となったのは、君のお父さんが書かれた本だった。彼女もその本を読んで、もしかし
たらという想いを抱いたそうだ」
そう言いながら、彼は自分のバッグの中から『赤い海』を取り出した。
静香:「あら!この本を何処で?私、芳野さんにこの本のことはお話していなかった
のに・・・」
創 :「先輩が君のお父さんのことを調べていくうちにこの本の存在を知り、知人の編集者
を通じて取り寄せてくれたのさ」
静香:「それで母は、その友人に何と答えたのですか?」
創 :「やはり、作という子は僕の父との間に出来た子供だと答えたそうだ。そして、あの本
は君のお父さんが僕の父に向けて書いたものだとも言っていた。そのために、冊数
限定でめだたない二流の出版社から自費出版したらしい」
創 :「もしかしたら、作のことで君のお父さんと僕の父との間で、何か特別の約束を取り
交わしていたのかもしれない」
静香:「それは・・・、それは、どんな約束?」
創 :「この本を読んだ限りでは、そのことに関する記述はない。だから、僕にも全く予測
がつかないけど。当事者同士にしかわからないことだと思う」
静香:「それで、芳野さんのお父さんはこの本を読まれたのでしょうか?」
創 :「いゃ、読んでないと思う。読んでいたとしたら、君のお父さんと何らかの形で連絡を
取り合っていたのではないかと思う。」
静香:「でも、どうして私の母と芳野さんのお父さんは別れてしまったのかしら?愛情が
冷めてしまったから?それとも、お互いの両親にでも結婚を反対されたから?
でも、結婚できないとわかっているのに、何故、母は兄を産んだのかしら?愛、
執着、ああ~、母の気持ちが理解できないわ」
彼は「それは・・・」と言いかけて、黙り込んでしまった。お互いの親同士の別れの原因に自分の祖父が関与していると思われるからだ。今、不用意な発言をして彼女の心を傷つけたくなかった。
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