2006年 04月 26日
冬の追憶No.22-41 |
「第5話 迷路」
静香が千晶に芳野創との出会いからこれまでのことを語っている頃、「ホテルモントレ大阪」に宿泊中の母の響子は遠山作のことめぐり、木村由香に水難事故後の心中を語ろうとしていた。
※研修で大阪に来ている響子と由香のホテルでのいきさつについて
は、1月31日投稿の「冬の追憶No.22-16」をご参照になって
ください。
「冬の追憶No.22-16」
由香は部屋の隅々まで漂う重い空気から目をそらすように、窓辺へと進んだ。そして覆っ
ているカーテンを払うように、藍色の空を見上げた。階下にはきらきらと瞬く街の灯りが広が
っている。
※ホテルモントレ大阪については、下記のページをご覧ください。
「ホテルモントレ大阪」
その時、目の前を何か青白く光るものが通り過ぎっていった。それはひとつ、またひとつと、
ひらひらと舞いながら、夜の闇の中に吸い込まれるように消えていった。
由香:「あら、雪かしら。やはり、そうだわ。どうりで帰り道、冷えると思った。春の雪か。
こうして上から眺めていると、桜の花びらが舞っているようだわ」
響子も由香の言葉に誘われるように、藍色の空を見上げた。
響子:「本当、雪だわ。ビルの灯りに照らし出されて綺麗!娘の卒業式、今日でよかったわ」
由香が響子の体温の温もりを感じながら、
由香:「生きていたら、作ちゃんって何歳になるの?」
響子:「26歳」
由香:「きっと貴女に似てハンサムな青年になっていたでしょうね。どんなお子さんだっ
たの?お写真持っていたら、拝見したいわ」
「それが・・・」と言いかけて、響子の声が止まったままになった。敏感な由香は彼女が
言葉探しをしていると察し、
由香:「その子の写真は、すべて燃やしてしまったんじゃない?」
響子は幼い子供が言い訳をしようとして先を越された時のような、とても驚いた表情に
なって、
響子:「えっ、どうしてそう思われたの?」
由香:「勘よ。第六感!響子さんって、正直な人ね。顔に書いてあるわよ。持ち歩いてない
と言おうか、無くしてしまったと言おうか、それとも正直に燃やしてしまったと言おうか、
迷っているのが表情に出ている。それで多分3番目が正解だと思ったの。でも、どう
してそんなに思い切ったことを?作ちゃんの水難事故のことで、苦しむご主人の胸中
を推し量ったから?」
響子:「それも理由のひとつには違いないけれど、実は違うわ。さっきもお話したように
作は別れた恋人との間にできた子供なの。その人の名は芳野千尋。私たちは
とても愛し合っていたし、卒業したら結婚しようと約束していたの。でも、家庭の
事情で別れた。実は芳野と遠山そして私は同じ大学の同じ学部だったの」
響子:「そして芳野と遠山は信頼関係のとても厚い親友同士。ふたりはとても馬が合って、
学生時代に脚本を共作で書いてはテレビ局や映画会社の脚本応募に投稿していた
の。遠山が芳野のことを全然知らない他人だったら、私ももう少し気が楽だったかも
しれない。作を産んで3歳ぐらいまでは初めての子育てで無我夢中、よけいなことに
目がいかなかったわ」
響子:「でも子供も4歳を過ぎると、自我が出てくる。ちょっとしたしぐさや表情が芳野にそっ
くりな時があって、はっとすることが何度もあったわ。私の背後で遠山もそれと同じ
ことを感じていたような気がして。思い過ごしかもしれないけれど、ふたりの男性に
囲まれて生活しているような重苦しさを感じることがあったの。まるで私の中で、
ふたつの家族が同居しているみたい」
由香:「もう遅いわ。ベッドに横になって話さない」
由香と響子は空気が抜けた風船のような身をベットに預けた。明日からの研修に備えるためだ。それは由香の響子に対する心配りでもあった。向き合っている時よりも、そうした方が自分の気持に素直になれると思ったからだ。ほの暗くなった部屋の中でベットサイドの灯りが温かい雰囲気を作り出してくれている。
由香:「響子さんの気持ち、ちょっとはわかるような気がするわ。じゃ聞くけど、響子さんは
どちらの男性を本当に愛していたの。愛にも様々な形があると思うけど」
響子:「由香さん、例えば水溜まりや池に小石を投げたことある?ぽんと石を投げると大きく
波紋ができるけど、ずっと見ていると緩やかに二重三重に輪が広がっていって、また
静かで透明な湖面に戻るでしょう。それが遠山誠という人なの。でも芳野は投げた
小石がくるくる回りながら何処までも流れ、ついには滝の上まで行って流れ落ち、
また大きな河を目指していくような人だったわ。若い私には、それがとても魅力的に
見えた」
由香:「つまり芳野千尋さんとの関係は恋。遠山誠との関係は愛ということかしら。恋と
愛、両方とも心という字が存在するのだけど、恋という字は心が下にあるでしょう。
そして愛という字は真ん中に心がある。実は恋は自分自身を中心にして相手の
ことを想い、愛は相手の心を中心にして自分自身も幸せを感じる。恋には激しさ
があり、愛には静けさがある」
由香:「響子さんは作ちゃんを失ったことは辛かったかもしれないけれど、ある意味、遠山
誠という男性を本当に愛するために、自分自身の気持ちに決着をつけたかったかっ
たんじゃない?もしかしたらそれまで、遠山氏に対して後ろめたい気持ちがあったの
かもしれないわね」
由香:「でも遠山誠はもう少しというより、もっと大きな器の中で響子さん・作ちゃん・静香さん・
潤君を受け入れて、遠山誠なりのひとつの家族の形を作りたかったじゃなかったの
かしら。私の憶測だけど」
いつも傍にいる人が、その人ことをよく理解しているとは限らない。遠山誠、響子、芳野千尋の心を冷静に見渡すことができるのは、雨漏り氏や木村由香のような良識的な大人の他人かもしれない。
その後、ふたりの話は遠山誠のエッセイへと及んでいいった。今宵は響子にとって特別な空間の中にいるような気がした。彼女は、森の中に迷い込んだ小鹿が母鹿に出会った時のような安心観と安らぎを由香の中に感じていた。
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静香が千晶に芳野創との出会いからこれまでのことを語っている頃、「ホテルモントレ大阪」に宿泊中の母の響子は遠山作のことめぐり、木村由香に水難事故後の心中を語ろうとしていた。
※研修で大阪に来ている響子と由香のホテルでのいきさつについて
は、1月31日投稿の「冬の追憶No.22-16」をご参照になって
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「冬の追憶No.22-16」
由香は部屋の隅々まで漂う重い空気から目をそらすように、窓辺へと進んだ。そして覆っ
ているカーテンを払うように、藍色の空を見上げた。階下にはきらきらと瞬く街の灯りが広が
っている。
※ホテルモントレ大阪については、下記のページをご覧ください。
「ホテルモントレ大阪」
その時、目の前を何か青白く光るものが通り過ぎっていった。それはひとつ、またひとつと、
ひらひらと舞いながら、夜の闇の中に吸い込まれるように消えていった。
由香:「あら、雪かしら。やはり、そうだわ。どうりで帰り道、冷えると思った。春の雪か。
こうして上から眺めていると、桜の花びらが舞っているようだわ」
響子も由香の言葉に誘われるように、藍色の空を見上げた。
響子:「本当、雪だわ。ビルの灯りに照らし出されて綺麗!娘の卒業式、今日でよかったわ」
由香:「生きていたら、作ちゃんって何歳になるの?」
響子:「26歳」
由香:「きっと貴女に似てハンサムな青年になっていたでしょうね。どんなお子さんだっ
たの?お写真持っていたら、拝見したいわ」
「それが・・・」と言いかけて、響子の声が止まったままになった。敏感な由香は彼女が
言葉探しをしていると察し、
由香:「その子の写真は、すべて燃やしてしまったんじゃない?」
響子は幼い子供が言い訳をしようとして先を越された時のような、とても驚いた表情に
なって、
響子:「えっ、どうしてそう思われたの?」
由香:「勘よ。第六感!響子さんって、正直な人ね。顔に書いてあるわよ。持ち歩いてない
と言おうか、無くしてしまったと言おうか、それとも正直に燃やしてしまったと言おうか、
迷っているのが表情に出ている。それで多分3番目が正解だと思ったの。でも、どう
してそんなに思い切ったことを?作ちゃんの水難事故のことで、苦しむご主人の胸中
を推し量ったから?」
響子:「それも理由のひとつには違いないけれど、実は違うわ。さっきもお話したように
作は別れた恋人との間にできた子供なの。その人の名は芳野千尋。私たちは
とても愛し合っていたし、卒業したら結婚しようと約束していたの。でも、家庭の
事情で別れた。実は芳野と遠山そして私は同じ大学の同じ学部だったの」
響子:「そして芳野と遠山は信頼関係のとても厚い親友同士。ふたりはとても馬が合って、
学生時代に脚本を共作で書いてはテレビ局や映画会社の脚本応募に投稿していた
の。遠山が芳野のことを全然知らない他人だったら、私ももう少し気が楽だったかも
しれない。作を産んで3歳ぐらいまでは初めての子育てで無我夢中、よけいなことに
目がいかなかったわ」
響子:「でも子供も4歳を過ぎると、自我が出てくる。ちょっとしたしぐさや表情が芳野にそっ
くりな時があって、はっとすることが何度もあったわ。私の背後で遠山もそれと同じ
ことを感じていたような気がして。思い過ごしかもしれないけれど、ふたりの男性に
囲まれて生活しているような重苦しさを感じることがあったの。まるで私の中で、
ふたつの家族が同居しているみたい」
由香:「もう遅いわ。ベッドに横になって話さない」
由香:「響子さんの気持ち、ちょっとはわかるような気がするわ。じゃ聞くけど、響子さんは
どちらの男性を本当に愛していたの。愛にも様々な形があると思うけど」
響子:「由香さん、例えば水溜まりや池に小石を投げたことある?ぽんと石を投げると大きく
波紋ができるけど、ずっと見ていると緩やかに二重三重に輪が広がっていって、また
静かで透明な湖面に戻るでしょう。それが遠山誠という人なの。でも芳野は投げた
小石がくるくる回りながら何処までも流れ、ついには滝の上まで行って流れ落ち、
また大きな河を目指していくような人だったわ。若い私には、それがとても魅力的に
見えた」
由香:「つまり芳野千尋さんとの関係は恋。遠山誠との関係は愛ということかしら。恋と
愛、両方とも心という字が存在するのだけど、恋という字は心が下にあるでしょう。
そして愛という字は真ん中に心がある。実は恋は自分自身を中心にして相手の
ことを想い、愛は相手の心を中心にして自分自身も幸せを感じる。恋には激しさ
があり、愛には静けさがある」
由香:「響子さんは作ちゃんを失ったことは辛かったかもしれないけれど、ある意味、遠山
誠という男性を本当に愛するために、自分自身の気持ちに決着をつけたかったかっ
たんじゃない?もしかしたらそれまで、遠山氏に対して後ろめたい気持ちがあったの
かもしれないわね」
由香:「でも遠山誠はもう少しというより、もっと大きな器の中で響子さん・作ちゃん・静香さん・
潤君を受け入れて、遠山誠なりのひとつの家族の形を作りたかったじゃなかったの
かしら。私の憶測だけど」
いつも傍にいる人が、その人ことをよく理解しているとは限らない。遠山誠、響子、芳野千尋の心を冷静に見渡すことができるのは、雨漏り氏や木村由香のような良識的な大人の他人かもしれない。
その後、ふたりの話は遠山誠のエッセイへと及んでいいった。今宵は響子にとって特別な空間の中にいるような気がした。彼女は、森の中に迷い込んだ小鹿が母鹿に出会った時のような安心観と安らぎを由香の中に感じていた。
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by jsby
| 2006-04-26 23:03
| 追憶 冬物語