2006年 07月 28日
冬の追憶No.23-11 |
「第6話 エニグマ変奏曲」
美千代はさっきから、息子が遠山静香のことを「静香さん」と呼ぶのが気になっていたものの、彼女の持つ清楚で誠実そうな雰囲気に、息子の女性を見る目の確かさに安心感を覚えるとともに、何とも言えないような一抹の寂しさも感じていた。
そんな感情を払拭するかように、美千代はお茶を入れにと席を立った。そして、少し躊躇い
がちに、
美千代:「息子のまねして静香さんって、お呼びしていいかしら。お手元に届いた三人官女
のことで、何か気になったことがありませんでしたか?」
静香 :「私の家にもお雛様があるのですけれど、親王飾りだけなので三人官女のことは
よくわかりませんが・・・、それが何か?」
静香の返答に、美千代は自分の携帯で撮影しておいた写真をふたりに見せ、
美千代:「私、思わぬことでこの三人官女が静香さんのお母さんのものだとわかりお譲り
することになったので、記念にと思って、当日と翌日と2日に分けて携帯のカメラ
で撮影しておいたの。創には、こっちの写真は見せたわよね」
創 :「ああ、母さんから見せてもらったよ」
そして美千代はもう一枚の写真を見せながら、
美千代:「こっちはね。翌日の朝、遠山さんのお宅に発送するための箱に詰める直前に
撮ったものなの。何か気が付かない?」
静香:「あら、さっきの写真では右手にお花を持っていたわ。だけど、こっちのは左手で
持っている」
それに対して創が苦笑しながら、
創 :「母さん、前日に自分で花を落としたのを忘れて、当日の朝に左手に持たせた
んじゃないの?人形が自分で持ち変えるわけがないでしょう」
美千代:「そうじゃないわよ。私は何もしてないわよ。それにね、三人官女は花なんか
持ってないのよ」
創 :「どういうこと?花じゃなかったら、何を持っているの?」
美千代:「私も気になってので、この近くのデパートに行って、店員さんにいろいろと聞い
てわかったことがあったの」
美千代:「雛人形はね、平安時代の婚礼の儀式をモデルにしているのは知っているわよ
ね。今は七段飾り、三段飾り、五段飾り、親王飾りとその家の住宅事情に合わせ
て購入するけれど、昔は女の子が生まれた時にお内裏様とおひめ様を贈り、お供
の人形は、その子が結婚する時に作られたんですって」
美千代:「お内裏様とおひめ様には、生まれた女の子がすくすくと健康に育ち、将来素敵な
男性に巡り合って幸せになりますようにという願いが込められているそうなの」
美千代:「そして、三人官女はお姫様のお付きの侍女。でも、侍女と言っても単なるお世話
係だけじゃなくて、詩を詠み、楽器を奏で、様々な行事の手配もする。さらには家庭
教師役もこなす教養豊かで才気溢れる良家の子女。例えば、紫式部や清少納言の
ような女性かしらね。彼女たちは、今で言うキャリアウーマン的存在だったらしいわ」
美千代:「向かって右から長柄の銚子、三宝、加えの銚子を持って並んでいるの。また、
三人官女は女性の幸せな一生を表しているそうなの。右側の女官は結婚した
ばかりの若妻、真ん中は結婚し子供を持った女性、左側は宮中勤めを始めた
ばかりの少女」
美千代:「初節句を祝う小さな女の子が健やかで美しい女性に成長し、やがて幸せな結婚
をする。そして子供を産んで自分の家庭を築いていく。女性の人生において幸せ
な3つの時期を象徴しているのよ。言わば、三人官女はそれを見届けるための
影のような存在」
創 :「じゃ、この三人官女は3人のうちの誰なの?」
美千代:「それを見分ける方法なのだけど、向かって右から『結び』『眉なし』『口開き』と言って区別されているの。『結び』とは口を閉じていることを、口を結んでいると表現したことから『結び』。眉なしは真ん中に座っている女性で結婚をし、子供を持っている女官」
美千代:「平安時代、女性は結婚をすると眉を剃り歯もお歯黒にする風習があったそうなの。だから真ん中の女性は『眉なし』。口開きは、左側の女性で口を少し開けているから『口開き』と呼ばれて区別されているそうなの」
美千代:「その説でいくと、この女官は口を結んでいるから『結び』。つまり向かって右側の
女性。だから持ち物は長柄の銚子のはずなの。長柄の銚子は、柄の長い白酒を
つぐ道具」
美千代:「向かって左側の女官は『口開き』、持ち物は「加えの提子」。加えの銚子は、柄が
ない手持ちタイプの白酒をつぐ道具。真ん中の女官の持ち物は三宝。三宝は婚礼
の盃を載せる台のこと」
美千代:「静香さんのお母さんが大学生の頃、お雛様を手放さなければならなくなってから、
それぞればらばらにされて売られていくうちに、長柄の銚子が何処かにいってしま
ったのね。それで仕方なく造花を持たせたのかもしれないわ」
創 :「よく調べたね。さすが、母さん!」
美千代:「この官女は花村家の女性の幸せを見届けるために、ずっとご主人を探し求め
て26年間もさ迷い続けてきたのかもしれないわ。それを私が偶然、買って持っ
ていたのも不思議なご縁だわね。でも、こうしてこの画廊に飾っていなかったら、
静香さんのお母さんの目に触れることもなかった」
美千代:「私、造花を持つ手が変わった時、この官女には魂が宿っているような気がしたの。
私を通して、静香さんや遠山響子さんや響子さんのお姉さんにそれを伝えようと
しているのかもしれないわ」
静香 :「いいお話を聞かせてくださって、本当にありがとうございます。帰ったら、もう一度
ゆっくり三人官女を眺めてみます。一時でも芳野さんのお母様のような方がお買
い求めになり、このような素敵な画廊に飾ってくださって、このお人形も心から感謝
していると思います」
3人はお雛様を手放すことになってしまった根本の原因を作ったのが、芳野千尋の父であ
ったとも知らず、不思議な巡り合いに酔いしれていた。
創は心なしか美千代の携帯に映っている官女の白い顔が、自分の方を見てかすかに微笑
んだような気がし、思わずぞくっとした。しかし一瞬の出来事だったので、気のせいだと思う
ことにした。この後、話は遠山誠に及ぶことになっていく。
この物語を幅広く皆様にお読みいだだけたらと思い、下記2つの「ブログランキング」サイトに登録してみました。何か心に感じることがありましたら、クリックして
いただけますと嬉しく思います。どうぞ、よろしくお願い致します。
「人気blogランキング 詩、小説部門」
美千代はさっきから、息子が遠山静香のことを「静香さん」と呼ぶのが気になっていたものの、彼女の持つ清楚で誠実そうな雰囲気に、息子の女性を見る目の確かさに安心感を覚えるとともに、何とも言えないような一抹の寂しさも感じていた。
そんな感情を払拭するかように、美千代はお茶を入れにと席を立った。そして、少し躊躇い
がちに、
美千代:「息子のまねして静香さんって、お呼びしていいかしら。お手元に届いた三人官女
のことで、何か気になったことがありませんでしたか?」
静香 :「私の家にもお雛様があるのですけれど、親王飾りだけなので三人官女のことは
よくわかりませんが・・・、それが何か?」
静香の返答に、美千代は自分の携帯で撮影しておいた写真をふたりに見せ、
美千代:「私、思わぬことでこの三人官女が静香さんのお母さんのものだとわかりお譲り
することになったので、記念にと思って、当日と翌日と2日に分けて携帯のカメラ
で撮影しておいたの。創には、こっちの写真は見せたわよね」
創 :「ああ、母さんから見せてもらったよ」
美千代:「こっちはね。翌日の朝、遠山さんのお宅に発送するための箱に詰める直前に
撮ったものなの。何か気が付かない?」
持っている」
それに対して創が苦笑しながら、
創 :「母さん、前日に自分で花を落としたのを忘れて、当日の朝に左手に持たせた
んじゃないの?人形が自分で持ち変えるわけがないでしょう」
美千代:「そうじゃないわよ。私は何もしてないわよ。それにね、三人官女は花なんか
持ってないのよ」
創 :「どういうこと?花じゃなかったら、何を持っているの?」
美千代:「私も気になってので、この近くのデパートに行って、店員さんにいろいろと聞い
てわかったことがあったの」
美千代:「雛人形はね、平安時代の婚礼の儀式をモデルにしているのは知っているわよ
ね。今は七段飾り、三段飾り、五段飾り、親王飾りとその家の住宅事情に合わせ
て購入するけれど、昔は女の子が生まれた時にお内裏様とおひめ様を贈り、お供
の人形は、その子が結婚する時に作られたんですって」
美千代:「お内裏様とおひめ様には、生まれた女の子がすくすくと健康に育ち、将来素敵な
男性に巡り合って幸せになりますようにという願いが込められているそうなの」
係だけじゃなくて、詩を詠み、楽器を奏で、様々な行事の手配もする。さらには家庭
教師役もこなす教養豊かで才気溢れる良家の子女。例えば、紫式部や清少納言の
ような女性かしらね。彼女たちは、今で言うキャリアウーマン的存在だったらしいわ」
美千代:「向かって右から長柄の銚子、三宝、加えの銚子を持って並んでいるの。また、
三人官女は女性の幸せな一生を表しているそうなの。右側の女官は結婚した
ばかりの若妻、真ん中は結婚し子供を持った女性、左側は宮中勤めを始めた
ばかりの少女」
美千代:「初節句を祝う小さな女の子が健やかで美しい女性に成長し、やがて幸せな結婚
をする。そして子供を産んで自分の家庭を築いていく。女性の人生において幸せ
な3つの時期を象徴しているのよ。言わば、三人官女はそれを見届けるための
影のような存在」
創 :「じゃ、この三人官女は3人のうちの誰なの?」
美千代:「それを見分ける方法なのだけど、向かって右から『結び』『眉なし』『口開き』と言って区別されているの。『結び』とは口を閉じていることを、口を結んでいると表現したことから『結び』。眉なしは真ん中に座っている女性で結婚をし、子供を持っている女官」
美千代:「平安時代、女性は結婚をすると眉を剃り歯もお歯黒にする風習があったそうなの。だから真ん中の女性は『眉なし』。口開きは、左側の女性で口を少し開けているから『口開き』と呼ばれて区別されているそうなの」
美千代:「その説でいくと、この女官は口を結んでいるから『結び』。つまり向かって右側の
女性。だから持ち物は長柄の銚子のはずなの。長柄の銚子は、柄の長い白酒を
つぐ道具」
美千代:「向かって左側の女官は『口開き』、持ち物は「加えの提子」。加えの銚子は、柄が
ない手持ちタイプの白酒をつぐ道具。真ん中の女官の持ち物は三宝。三宝は婚礼
の盃を載せる台のこと」
美千代:「静香さんのお母さんが大学生の頃、お雛様を手放さなければならなくなってから、
それぞればらばらにされて売られていくうちに、長柄の銚子が何処かにいってしま
ったのね。それで仕方なく造花を持たせたのかもしれないわ」
創 :「よく調べたね。さすが、母さん!」
て26年間もさ迷い続けてきたのかもしれないわ。それを私が偶然、買って持っ
ていたのも不思議なご縁だわね。でも、こうしてこの画廊に飾っていなかったら、
静香さんのお母さんの目に触れることもなかった」
美千代:「私、造花を持つ手が変わった時、この官女には魂が宿っているような気がしたの。
私を通して、静香さんや遠山響子さんや響子さんのお姉さんにそれを伝えようと
しているのかもしれないわ」
静香 :「いいお話を聞かせてくださって、本当にありがとうございます。帰ったら、もう一度
ゆっくり三人官女を眺めてみます。一時でも芳野さんのお母様のような方がお買
い求めになり、このような素敵な画廊に飾ってくださって、このお人形も心から感謝
していると思います」
3人はお雛様を手放すことになってしまった根本の原因を作ったのが、芳野千尋の父であ
ったとも知らず、不思議な巡り合いに酔いしれていた。
創は心なしか美千代の携帯に映っている官女の白い顔が、自分の方を見てかすかに微笑
んだような気がし、思わずぞくっとした。しかし一瞬の出来事だったので、気のせいだと思う
ことにした。この後、話は遠山誠に及ぶことになっていく。
この物語を幅広く皆様にお読みいだだけたらと思い、下記2つの「ブログランキング」サイトに登録してみました。何か心に感じることがありましたら、クリックして
いただけますと嬉しく思います。どうぞ、よろしくお願い致します。
「人気blogランキング 詩、小説部門」
by jsby
| 2006-07-28 23:51
| 追憶 冬物語